多血小板血漿2は→こちら
あるクリニックのHPを眺めていて、「当院ではPRP(多血小板血漿)に成長因子(bFGF)を混ぜて注射してよい結果を出しています」という記述を読んで、目を疑いました。
PRPというのは、自分自身の血液成分で若返り効果を出す、というのが、最大のメリットのはずで、これに薬物を加えたら、意味が無くなるではないですか?
調べてみると、他にも多くのクリニックがこの方法を採用しているようです。
PRP療法というのは、私は数年前、スイスのリジェンPRPのキット発売された当初に、デモを見てキットの値段を聞いて、費用対効果を考えて、とても自分のお客様にこの施術を売る自信が無い、と考えて導入をやめました。
PRPに効果が無いわけではないです。皮膚に張りが出て、小じわが消えます。また、アメリカなどでは、スポーツ医学で、痛んだ靭帯などに注射して、回復を速めています。
しかし、ヒアルロン酸のようなボリュームを出す力がありません。
PRPに成長因子を加えると、ボリュームが出せるようです。
私は問いたい、それは成長因子そのものの効果では無いのか?と。
PRP療法という、自分自身の血小板を用いるという安心感を利用して、成長因子を直接皮下に注射するという、未知の人体実験的な危険なことをなさっているのではありませんか?
「PRP」という羊の皮をかぶった「成長因子」という狼が、赤ずきんちゃんを狙っていやしませんか?
以上は、懐疑的な見方です。一息入れて、好意的にこの問題を見直してみましょう。
1) PRP療法は、血小板由来の成長因子(PDGF、TGF、EGF、VEGF)を利用した療法だが、これらにさらに別の成長因子(bFGF)を加えることで、協業的に作用して、ふくらみが出せるようになる。
この可能性は、否定はできないです。しかし、肯定するデータも無い。2012年2月時点で、Pubmed(医学論文データベース)でいろんな検索ワードを入れて調べましたが見つかりませんでした。
PRPなしのbFGF単独では、効果が出ないものなのか?それを誰も検証していない。
どうにも胡散臭いです。
2) 仮にbFGF単独投与でも「ふくらみ」が出せるとしたら、それはそれで、美容プチ整形業界にとって良いニュースではないのか?
別に、PRPという羊の皮をかぶらなくても、堂々と「こういう新しい施術があります」と言えばいい筈です。なぜそうならないのか?
bFGFを単独で、老人の萎縮した声帯に粘膜下注射して、ボリュームを出して成果を上げた論文は見つかりました。なので、bFGFを単独皮下注射しても、ボリュームは出せる可能性が高いです。
実際、この方法は、昔わたしも思いつきました(誰でも考えると思う)。フィブラストスプレーというbFGF製剤があるのですが、もう10年以上前に褥瘡の治療薬として発売されています。発売当時「これを皮下に注射したら、皮膚が盛り上がって、しわの治療になるんじゃないかなあ?」私だけではなく、誰もが考えた筈です。
フィブラストスプレーの添付文書を読むと、直径6cmの潰瘍に30μgの噴霧を想定しているようです。6cmの円の面積は28cm2ですから、だいたい1μg/cm2ということです。
仮に、1mlの溶液を皮下注射するとしましょう。皮下注射で浸潤する深さ・厚さ(要するに1mlの溶液を何cm2に広げて注射できるか)を1mmくらいと考えると、10cm2くらいと想定できます。
ということは、だいたい1mlに10μgくらい溶かして、皮下注射すればよい理屈です。
ただし、これは、添付文書から概算しただけの数字なので、実際の至適量は、たとえば、10μg/mlを中心とした希釈系列を作って、0.1、1、10、100μg/mlの溶液を作り、これをボランティア、すなわち医者仲間で数人集まって、前腕などに皮下注射し、その経過を3ヶ月~半年くらい観察すればいい。おそらく、どこかの濃度で、肉眼的に明らかな、しこりあるいは隆起が生じるだろうから、それを治療濃度とすればいい筈です。
書いていて、ちょっと自分でやってみようか?という気になってきました・・。(注2)
まあ、それは置いておいて、これを治療として用いるのを私がためらう理由は、二つあります。
1)どのくらいボリュームが出るのか、予想がつかない。
ヒアルロン産などのフィラーは、入れただけボリュームが出ます。しかし、成長因子というのは、いわば「種」みたいなものです。どのくらいの仕上がりになるのか、予想がつかない。
経験を重ねれば、ある程度予想できるようになるかもしれない。しかし、それは「ある程度」であって、確実ではないし、そこに至るまでには、ずいぶんなトラブル例を経験することになるだろう。
2)ふくらみすぎた場合のリカバリーの方法が思いつかない。
ヒアルロン酸であれば、溶解注射があって(ヒアルロニダーゼ)、注射すれば24時間で確実に溶けるし、アクアミドでも、最悪、外科的に摘出しようとすれば、境界がわかっているので、なんとかなりそうな気がする。しかし、成長因子で増大させた組織は、どうやって修復するのだろうか?・・
待っていても、いったん増殖した自己組織が、無くなる・萎縮するとは思えない。
さて、ここまでは「前振り」です。いったい他の、この成長因子添加PRP療法を行っているクリニックでは、以上についてどう考えているのか?、をネット上でですが、眺めてみました。
最初に断っておきますが、以下に記すクリニック・先生の中には、私と面識のあるかたも無い方もいます。勝手に引用して気を悪くされるかもしれませんが、こういう問題に礼儀とか遠慮とかして、控えていると、歯切れの悪い文章になってしまって何が言いたいのか伝わりにくくなります。何卒ご容赦ください。現時点において、わたしは、これらの先生方のどなたをも、批判しているわけではありません。
ただただ、「すごいなあ、よくこんなことやった(やってる)なあ」と感心してる段階です(皮肉じゃないですよ)。こうやって、調べたり考えたりしているうちに、私自身が逆に説得されて「なるほど、やっぱり自分も成長因子の治療やってみよう」と、気が変わるかもしれません。
とりあえず、PRPについては、大量にPRP液採取する方法を思いついたので、近日中に自分のクリニックで始めるかもしれません。乞うご期待です。
まず、リジェンPRPというスイス製のキットを用いて、いち早くPRP療法を開始した久保田先生のコメントです。
=====ここから引用=====
PRP にフィブラスト(科研製薬)と呼ばれるbFGF(線維芽細胞増殖因子)を添加し、注入する方法をとっている施設があるようですが、これは厚生労働省が認めたフィブラストの使用方法を全く逸脱したもので、非常に危険です。PRP+bFGF を目の下、前額や頬に注入され予期せぬしこりやコブができるという被害が多数報告されています(コブを皮下に作ってシワが伸びたと言っている)。これは、bFGF によって皮下に異常瘢痕が形成されると考えられます。またPRP とbFGF の反応は結果予測が困難で、制御不能であります。すなわち、これらの治療法を用いていると皮下に易出血性の肉芽組織が形成され過剰な瘢痕形成が起こる可能性が高いと考えられます。これは皮膚の細胞自体を活性化し、老化予防を図っているのではありませんのでご注意ください。
=====ここまで引用=====
辛口ですが、現在の私の考え方に近いといえます。
次に鈴木先生、
=====ここから引用=====
私のところで行っているものは、久保田先生が警告しているものと同じものです。ただし、現在使われているセルリバイブ・ジータは沢山の実験やら使用経験からbFGFの混入量が厳密に規定され、それに従った使用を行えば予期せぬ合併症等を発生することはまずありません。以前に問題が何例か起こったことは私も知っておりますが、それはほとんどがbFGFの混入量が多すぎた場合か、同じところに短期間に何度も使用した場合のようです。私も自分で試しておりますが、全く問題はありません。問題がないことを確認しているから使っているわけですが。
=====ここまで引用=====
この「セルリバイブ・ジータ」を調べてみました。検索すると、こちらのホームページに行き当たりました。
(→こちらをクリック)
どうも、川添先生という方が、はじめにPRPに成長因子を添加することを思いついたようです。
しかし、PRP療法(リジェンPRP)の臨床効果についての医学論文は存在しますが(注1)、成長因子を加えたPRP療法(セルリバイブジータ)の医学論文は、私がPubmedで調べた限りでは、まだ存在しません(2012年2月時点)。
上のホームページの「掲載ジャーナル」に表示されている2論文は、川添先生が共著者として名を連ねていらっしゃる論文ではありますが、RPR療法に関するものではありません。
川添先生について記した文章が、飯尾先生のブログにありました。
(→こちらをクリック)
=====ここから引用=====
2008年にこの治療の考案者である川添剛先生より『われわれの行っている手技で、bFGFを添加しているセルリバイブジータに関しては、本年の8月末の時点で、患者さんの数が1000名を超えました。その中で、軽度のシコリを認める例が5例存在します。うち2例はドクター自身がさまざまな条件を試した結果だと考えておりますので、実際の患者さんでのシコリの例は3例です。シコリといっても軽度であり、万が一気になる場合は治療可能です。』とコメントをいただいておりました。
川添先生は、決して事実でない事を言われるような人ではありません。
その時点での、正しい情報です。
川添先生の実際の注入手技をご覧になった方は解られると思いますが、PRP作製、b-FGF添加、そして注入手技すべてがとても細やかで慎重で丁寧です。先生の治療手技であれば、トラブルはきわめて少ないと思います。
=====ここまで引用=====
非常に丁寧で細やかな方のようです。しかし、そのような細心の注意を払っても、セルリバイブジータ(成長因子添加PRP療法)というのは、1000人中3~5人、すなわち0.3~0.5%で、しこりができるのだなあ、と理解できます。
成長因子(FGF)の添加濃度ですが、上で「希釈系列を作って、至的標準濃度を決めればいい」と私は記しましたが、現実には、反応に個体差があるだろうから、濃度を決めて施術をはじめたあとは、しこりが出来たトラブル例がある毎に、その濃度を避けて、ワンランク落としていけば、安全なはずです。その代わり、効果(ふくらみ)は出にくくなりますが。
まったくしこり(過剰反応)が起きずに、しかもふくらみがそれなりに出せる濃度が見つかればしめたものです。ひょっとしたら、川添先生は、その濃度を見つけ出して、現在はまったくトラブル無く施術できているのかもしれません。
飯尾先生の、
=====ここから引用=====
そして、おそらく川添先生は、この治療が大変デリケートである事をご存知だったのでしょう。
ですから、この治療を普及させるにあたって、先生自身はかなり慎重にお考えで、“まずは自分の目の届く範囲で普及を進めていく”為に、治療情報(特に添加するb-FGFの濃度)は契約書を交わした医師のみに伝えるクローズドで行っていく方針をたてられたようです。
=====ここまで引用=====
というコメントは、それを暗示させます。
しかし、私はちょっと疑念も持っています。というのは、うちのクリニックの近所に、この成長因子入りPRP療法を行っている先生がいて、川添先生のところの研究会に参加しているようなのですが、この療法を受けて「肌がゴツゴツになった」という患者がいるのを私は知っているからです。
ですから、現在川添先生が会員に情報提供しているのは、「100%しこりが起きず、なおかつ、ふくらみ効果もある」濃度ではなく、「まれにしこりが出来てトラブルになる患者もいるが、それ以上に、ふくらみ効果が出て満足する患者が多いので、クリニック経営上プラスである」濃度ではないか?と考えるわけです。
もうひとつ、飯尾先生が記しているように川添先生が考えたのであれば、なぜ、FGFの濃度をクローズドにするのだろう??ここが一番解らない。誤った施術によるトラブルを減少させるためなら、むしろ公表したほうが良いのではないか?そのほうがFGF添加PRP療法のトラブルが少なくなって、結果セルリバイブジータの評判もよくなるはずではないか?
濃度をクローズドにすることの、川添先生にとってのメリットが解りません。
さて、飯尾先生のブログ情報によると、川添先生によれば「シコリといっても軽度であり、万が一気になる場合は治療可能です」だそうです。
本当でしょうか?いったいどうやって治療、というかリカバーするのでしょうか?
私は、アプトスなど糸での引き上げをよくやるのですが、これを入れるのにあまり抵抗がありません。なぜなら、何かトラブルがあれば、最悪、苦労はするでしょうが、糸を探し出して抜いてしまえば、傷は残るかもしれないが原状復帰可能、と考えるからです。
しかし、成長因子によるしこりというのは・・自己組織の過剰増殖ですから、周囲との境界・見分けがつきません。外科的に修正するとしても、私には方法が見当もつきません。
宮田先生のブログに治療経験がありました。
(→こちらをクリック)
アキュスカルプという、リポレーザー(スマートリポ)と、ほぼ同じ機械で、皮膚の裏側から焼く、あるいは吸引するようです。リポレーザーは、私も持っているので、施術の感覚は理解できます。「簡単に溶ける例と手こずる例がある」というのは、脂肪が優位に増殖したケースでは対応可能だが、非脂肪組織(注3)が優位に増殖したケースは難しい、ということでしょう。
宮田先生は、2010年にいち早くセルリバイブジータから撤退したようです。
=====ここから引用=====
従来使用していたセルリバイブ(W-PRP)、セルリバイブジータは原則として終了します。
PRP治療というのは、個人差ということに関するボリュームコントロールがやや難しい印象があります。殆どの方には問題ないのですが、効果が非常に薄い場合もありますし、逆にセルリバイブジータのような強い方法で歪みが生じた場合には補正しなければならず、これには何度か通院が必要となってしまいます。それでここ半年ほどは、通常のセルリバイブのみ(過剰にならないタイプ)を実施、どうしてもという適応以外は“ジータ”に関しては実施しないでいました(ただ、やはり大きな窪みには今でもジータは有効な手段です)。
(→こちら)
=====ここまで引用=====
うまくいく例があることも認めています。しかし、それ以上に、トラブル例への対処に難渋した、ということだろうと、私は察しました。よく解ります。トラブル例に、真面目に何とか対処しようとする性格の先生ほど、それが稀であっても耐えられないのでしょう。
ここまで記して、わたしは、この成長因子添加PRP療法というのは、いちばん似ているのは、脂肪注入かなあ、と感じます。効果が確定するまでに長期間かかるし、最終的な結果を予想しにくい。違いは、脂肪注入であれば、予想と異なる結果となったときに、吸引して減らすなどして対処しますが、成長因子添加PRP療法で、非脂肪組織が増殖した場合には、これを取り除く上手い方法が思いつかない点でしょう。トラブル例に、うまく対処する方法が見つかったなら、宮田先生はセルリバイブジータを止めてないと思います。満足する例が存在することは認めていらっしゃるわけですから。
わたしは、現時点では宮田先生の判断は賢明だと感じます。しかし、ひょっとしたら、わたしの上記認識のどこかが誤っていて、あるいは、トラブル回避またはリカバリーの良い方法が見つかって、私も将来成長因子添加PRP療法に参加するかもしれません。そこは、ちょっと解りません。
(注1)以下の二つが、私が知っている美容領域へのPRP治療に関する医学論文です。Pubmedで検索しました。2012年2月時点で、まだ、これだけしかないようです。
もっとも、美容の世界の出来事は、医学論文になっていることのほうが圧倒的に少ないし、論文になっていないから技術として劣るなんてことは決して無いですけどね。
しかし、医学論文になっていると、経過や施術の詳細が正確に書かれているから、参考にはなります。
1) Face and neck revitalization with platelet-rich plasma (PRP): clinical outcome in a series of 23 consecutively treated patients.
Redaelli A et al. J Drugs Dermatol. 2010 May;9(5):466-72.
です。
23人の患者に、リジェンPRPキット(成長因子を加えないPRP)を1カ月おきに3回、毎回4mlのPRPを注射して(計12ml)、4ヶ月目に判定しています。
肌理(きめ)については、全例で改善(ダーモスコープによるbefore/afterが左列の上下)、法令線については65%で改善と記載されています(右列上下は改善例のbefore/after)。
PRP4mlということは、2キット使用したと考えられます。すると、上の写真の結果を出すためには、2×3=6キット必要ということで、この論文と同じことをしようとすると、費用も通常のPRP施術の6倍です。
PRP療法は、それなりに効果はあります(とくに肌理(きめ)や張り)が、キット代がもう少し安いといいんですけどね。
2) Effect of platelet-rich plasma on ultraviolet b-induced skin wrinkles in nude mice
Jeong Mok Cho et al. Journal of Plastic, Reconstructive & Aesthetic Surgery (2011) 64, e31-e39 マウスを使った実験で、UVB照射(光老化)によりできたシワがPRP注射によって改善し、コラーゲンの産生が増加していることを確認した基礎実験です。
一般のひとの興味は引かないでしょうが、組織学的・生化学的に検討されているので、施術するお医者さんとしては、「自信」になるかも。
(注2):bFGF単独投与による若返り治療については、札幌医大の小野先生の研究論文が2011年に出ていました。やはり濃度は10μg/mlのようです(→こちらに改めて記事にしました)。
(注3):bFGFの皮下脂肪組織におけるターゲットは脂肪由来幹細胞(ADSC)です。ADSCは脂肪細胞と骨芽細胞とに分化しやすく、「非脂肪組織」とは石灰化を伴う骨芽細胞組織と考えられます(→こちら)。
(2012年2月7日記)