医療アートメイク教本解説 色素各論 カーボンブラック

 4月に出版した「医療アートメイク教本」ですが、内容が固くて読みにくいのではないかと思って、Youtubeで解説動画を上げることにしました。

 
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「群青(ぐんじょう)」というアイドルとお笑い芸人という異色の組み合わせのサトピーとそら君に手伝ってもらって、ややこしい話をなるべく解りやすく楽しく解説しているつもりです。よかったら観てみてください。

動画編集は私が診療の片手間にやっています。だいぶ慣れてきました。
最初の頃はマイクで声を上手に拾えなかったりで観にくかったのですが、今回のあたりはかなりましになってきたんじゃないかな?
それで、解説動画を上げるたびに、該当の本文部分を、こちらのブログにも転記しておこうと思います。動画内でもキャプションとして記してはいるのですが、細切れだし、ゆっくりと落ち着いて内容を確認するのに良いだろうからです。
それでは、今回の解説部分を以下に記しますね。

カーボンブラック
黒色色素の基本である。炭素の粉末であり、単純な物質ではあるのだが、アートメイクに用いるに当たっては、粒子径の問題とPAH(polycyclic aromatic hydrocarbon,多環芳香族炭化水素)の問題とがある。
炭素の粉末と聞いて、多くの医療者は「薬用炭を用いてはどうか」と考えるのではないだろうか?薬用炭(Medicinal Carbon)は日本薬局方に収載されており、薬物中毒の際に内服させて消化管内に残存する薬物を吸着させる目的で用いる。
しかしそこには粒子径の問題がある。
薬用炭の粒子径に規定は無いが、目的から考えて活性炭である。活性炭というのは細孔をたくさん有してこの中に薬物を取り込む構造を有する炭素の塊であるから、ある程度の大きさが無くてはならない。その粒子径は小さくても10μm程度と考えられる。このサイズでは粗くアートメイクの細かい線引きには向かない。
したがって薬用炭ではなく、もっと粒子径の細かい炭素を探す必要がある。だいたい10nm程度であれば目的にかなう。
一般的に流通している原料素材から粒子径の小さなものを探してもよいが、少量であれば自作も可能である。実際に海外の医学論文ではときどき自作方法が記されている。
その方法はというと、オイルなりろうそくなりに火を灯し、これを金属板にかざして煤を作る。これを集めて微細な炭素粉末とするもので、失明して白濁した角膜をアートメイクで黒く着色する医学論文に記されていることが多い。微細な炭素粉末をどうやって作るかという参考までに知っておくと良いだろう。
次にPAH(polycyclic aromatic hydrocarbon,多環芳香族炭化水素)の問題である。この問題の背景に触れておこう。
PAHというのは総称であり、PAHに含まれるいくつかの化合物には発癌性がある。PAHは有機物が不完全燃焼する際に生成される物質であり、自然界にも広く存在する。しかしながら工業製品、とくに乳幼児が舐めたり咥えたりする可能性のある物に対しては厳しく規制される必要があるとの考えがとくにドイツで強く、2008年以降GSマーク(ドイツの製品安全認証)を受けるに当たっては、発癌性のある代表的なPAHの含有量の測定が義務付けられ、基準値が設定された。
その後2022年にEUがアートメイク用の色素についての規則を定めており、その中でナフタレン、ベンゾ[a]ピレン、ベンゾ[e]ピレン、ベンゾ[a]アントラセン、ベンゾ[b]フルオランテン、ベンゾ[j]フルオランテン、ベンゾ[k]フルオランテン、クリセン、ジベンゾ[a,h]アントラセンの9物質が明示され、それぞれ0,00005 %(重量)以下であることが要求されている(Official Journal of the European Union, 15.12.2020, L423/15)。
カーボンブラックの製法にはいろいろあるが、上記のようにろうそくの炎を不完全燃焼させるような作製方法においては、PAHが不純物として含有されていてもおかしくない。したがって「アートメイク色素」としてEUに輸出しようとする製品にカーボンブラックが使用されている場合には、上記のPAHの含有率を確認する必要がある。
ちなみに煤からカーボンブラックを自作する方法を記した医学文献を紹介したが、これは医師が施術に当たって自作する限りにおいて合法なのであって、もしもこれを製品化してEU圏内で販売しようとすれば、PAHを測定しなければならないということである。
本邦ではアートメイク色素についての規制はまったく存在しないので、カーボンブラックが原材料として使用されている製品にPAHがどれだけ高濃度に含有されていたとしても、アートメイク用色素として販売することに違法性は無いのだが、逆にそのような無規制の国であるからこそ、アートメイクが医行為として位置付けられたのであり、我々医療者は使用する色素を賢明に選定する必要がある。
(2023/05/31)