「中間分子量ヒアルロン酸」は、私が製作販売している化粧品の主成分です。現在のところ、これを使用した化粧品は日本では他にありません。製品名を明示すると、ブログ記事が薬事法第86条(未承認医薬品の広告禁止)に抵触するおそれがあるので、製品名を伏して一般名である「中間分子量ヒアルロン酸」に置き換えて記事を書いています。関心のあるかたは検索あるいはクリニックHPから探してくださいね。
真面目な話です。
はじめに断っておきますが、私は美容外科(皮膚科)医でありますが、ベースは実直な医師です。人と少し変わった発想をする癖はありますが、いつも私なりに真剣に突き詰めて考えた結果です。
なぜ婦人科医でない私が細菌性膣炎に関心を寄せるのか?中間分子量ヒアルロン酸化粧水を膣に外用する話(→こちら)といい、この先生大丈夫か?と思われるかもしれませんが、着想の流れをまとめると、
アトピー性皮膚炎のステロイド外用剤による副作用である皮膚萎縮(元々20年前から私が取り組んできたテーマです)にある種のヒアルロン酸が効くことを文献で知る(→こちら)
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中間分子量ヒアルロン酸化粧水の商品化
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この分子量サイズ(10万付近)のヒアルロン酸が、加齢による皮膚萎縮にも有効と判る(文献(→こちら)で知り、実際に自分でも確認して論文にしました(→こちら))
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皮膚に効くなら粘膜にも効くのではないかと思い立つ(膣粘膜にも皮膚と同じくヒアルロン酸のレセプターであるCD44があります)
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複数の婦人科医に相談、試用依頼
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婦人科医とのメールのやりとりの中でたまたま、細菌性膣炎は抗生剤を処方すると症状が治まるが中止すると再発率が高いので困っていることを知る
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他科(皮膚科)医である自分の知識・発想が、なんとなく役に立ちそうな気がして調べてみる
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ビタミンCの話に行き着く
ということです。
細菌性膣炎がどういう病気かと言うと、これはネットで検索していただいたほうがわかりやすい解説や手記に巡り合えると思うのですが(→こちらやこちら)、健常な膣というのは、そこに存在する乳酸菌によってpHが3.8-4.5の弱酸性に保たれています。
乳酸菌というのは、その名の通り乳酸を産生する細菌の総称で、その乳酸によって周辺を酸性に保つことで、他の雑菌の繁殖を防いでくれます。
乳酸菌は剥がれ落ちてきた膣粘膜細胞に含まれているグリコーゲンを栄養としており、これはエストロゲン(女性ホルモン)が少なくなると不足します。従って加齢による膣粘膜の萎縮は、細菌性膣炎のリスクファクターと言えます(もっとも実際には、細菌性膣炎は、は女性の全年齢で起きうる病気であるようです)。
調べているうちに、ビタミンCの膣錠が、細菌性膣炎に対して二重盲検試験で有効だ、という論文があることを知りました。二重盲検試験というのは、対照(プラセボ)をおいた臨床試験のことで、エビデンス(信頼度)が高いです。
Arzneimittelforschung. 2011;61(4):260-5. doi: 10.1055/s-0031-1296197.
Efficacy of vitamin C vaginal tablets in the treatment of bacterial vaginosis: a randomised, double blind, placebo controlled clinical trial.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21650086
なおかつ、ビタミンCの膣錠は既にヨーロッパでは製品になっているようです。日本ではこれに対応する製品がありません。
http://www.polichem.com/jahia/Jahia/home/site/polichem/pid/550/cache/offonce
作用機序はと言うと、ビタミンC(=アスコルビン酸)は酸性ですから、おそらく膣内環境のpHを酸性に整えるのだと考えられます。環境が酸性になれば、酸性下で繁殖しやすい乳酸菌が優位となり、雑菌は繁殖しにくくなります。抗生剤を用いなくても治療効果があるというわけです。
「同じ酸性環境を作り出したいならば、乳酸そのものではどうだろう?」という発想は当然出てきますが、1993年の古い研究で、治療効果が否定されていました。
Genitourin Med. 1993 Oct; 69(5): 388–392.
Effect of lactic acid suppositories compared with oral metronidazole and placebo in bacterial vaginosis: a randomised clinical trial.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1195125/
なぜ乳酸ではだめでビタミンCは有効なのかというと、乳酸はどうも分解が速いからのようです。常に乳酸菌が乳酸を産生してくれる状態と異なり、一回の注入では、酸性が維持できないということのようです。
乳酸については、昨年から「ラクタシード」という乳酸を含有した外陰部用のソープが発売されており、これを用いることで抗生剤で治療したあとの細菌性膣炎の再発率を下げるという報告もあります。単独では治療効果がなくても、抗生剤と併用すれば意味があるという考えです。
また、inclearというアプリケーター付きの乳酸による膣ケア製品もあります。
しかし、ビタミンCを用いた膣あるいは外陰部ケア製品はないようです。エビデンス的には、ビタミンCのほうが乳酸よりも優れているのですけどね。
ちなみに、細菌性膣炎に対して、健常な乳酸菌そのものを膣に挿入して治療しよう、という製品も出てきています(ラクトフローラ→こちら)。
これについても調べたところ、興味深い論文がありました。乳酸菌は効く(細菌性膣炎の再発率を下げる)ことは効くのだが、膣に挿入するよりも内服したほうが効果が高い、というものです(→こちら)。実際、ラクトフローラのショップでも、内服サプリも売っています。
論文著者は「膣に入れるのが不快なため続かないのだろう」と考察していますが、それにしても内服でなぜ治療効果が出るのか??と思います。細菌性膣炎の原因が肛門からの汚染によるからでしょうか。それなら、内服で腸内環境を乳酸菌優位にしてやれば、再発率高くなる理屈です。というか、他に乳酸菌の内服で細菌性膣炎の再発率が下がる理由が思いつきません。なかなか奥が深いです、
念のため、膣に常在する「乳酸菌」とヨーグルトに含まれる「乳酸菌」とは種類が違います。「乳酸菌」というのは既に記したように乳酸を産生する細菌の総称であるからです。したがって食品のヨーグルトを膣内に入れても、定着しにくく、治療効果は薄いと考えられます。
まとめると下表のようになります。
細菌性膣炎でのエビデンス | 製品の有無 | |
ビタミンC | 膣錠で有効(二重盲検有意差あり) | ヨーロッパで膣錠市販されている、日本には製品が無い |
乳酸 | 膣カプセルで無効(有意差なし) | 外陰部洗浄剤などの製品がある |
乳酸菌 | 膣カプセルでも有効だが、なぜか内服の方が効果高い |
膣カプセル・内服ともに製品がある |
さて、ここからが本題というか、具体的な私の取り組みです。
ビタミンCの膣錠は、ヨーロッパで売られており、日本でもeBayで個人輸入できますが、高くつきます。一方ビタミンCの内服錠(シナールやハイシー)であれば安価です。
それで、膣錠のかわりに内服錠で代用できないか?と考えました。
スタッフに話をしたところ(私はアイデアを思いつくとまずスタッフに相談してみます)、「ビタミンCって沁みないんですか?」という意見がありました。
ほかに「こういう下半身関係の話題は、ブログ等で取り上げないほうがいい。先生のイメージが崩れる」という意見もありました。中間分子量ヒアルロン酸化粧水の膣使用の記事を書く際にも同じことを言われました。
一理あるとは思いますが、この意見は却下してこうして書いています。真面目に取り組んでいる話だとしっかり記せば、賢明な読者には解ってもらえると信じるからです。
ビタミンCの内服錠が沁みるかどうかは、実際に試せばわかることです。しかし、事が事だけに、スタッフに協力してくれとお願いしにくいです。それでまず自分で試してみることにしました。
何をしたかというと、座薬を入れる要領で、自分の肛門に入れてみたわけです。「おかしな医者だ」と引かないでください。私が女なら膣に入れてみたでしょうが、男で膣がないので肛門で代用してみた、それだけのことです。
一日たって何の刺激感も問題もないようなので、そのことをスタッフたちに伝えて、膣にビタミンC内服錠を入れてみてくれる有志をつのりました。結果、4人が協力してくれました(50才2人、55才1人、65才1人)。
その結果ですが、50才1人と65才1人は私と同じく何も感じなかったのですが、50才1人と55才が刺激感を訴えました。どういう刺激感かというと、膣に挿入してしばらくは何ともなかったのですが、しばらくすると水を吸って溶けて一部がおりもののように流れ出てくるようで、このときに膣入り口あたりが沁みるということでした。
ヨーロッパで市販されている膣錠でどうなのか判りませんが、内服錠と基本的にそんなに異なっているとは思えませんから、膣錠でも沁みる人はいると思います。
私は国立名古屋病院で16年間常勤の皮膚科医として勤めました。現在うちの分院で働いてもらっているのりこ先生・あさこ先生はこの頃の同僚です。
同じく国立名古屋病院で働いていた婦人科の女医さんに、現在池下で開業している、咲江レディスクリニック(→こちら)の丹羽咲江先生がいらっしゃいます。咲江先生はのりこ先生と研修同期でもあります。ざっくばらんな話しやすい先生で、中間分子量ヒアルロン酸化粧水の膣使用についても、相談させていただきました。
それで、ビタミンCの膣への応用を含めて、下半身関係の化粧品というのを、婦人科医と美容皮膚科医のコラボで、作ってみましょうか、という話に発展しました。
咲江先生は婦人科の診療現場で活躍していらっしゃるし、私は化粧品については知識も製品化のノウハウもあります。二人の専門知識を合せれば、良いものが出来そうな気がします。
ビタミンCですが、膣錠を開発するとなると医薬品扱いとなり、申請手続きの期間も費用も格段に上がります。私や咲江先生のような一開業医の手にはあまります。
しかし、化粧品として登録し、効能効果を表示しないように留意して市場に出すということであれば、比較的容易です。小ロットでも作製できるので、在庫リスクも少ないです。
それで「ビタミンCのデリケートゾーン用化粧水」という形で開発してみることにしました。
細菌性膣炎に対する治療効果のほかに、ビタミンCにはもうひとつ利点があります。それは「におい」対策になるという点です。
細菌性膣炎にかかると、膣からは「魚のような生臭いにおい」が発せられます。けっこう深刻です。この臭いはアミンといって雑菌が産生するアルカリ性の化学物質です。ビタミンCは酸性ですから、これを中和してくれます。
尿のにおいも取れます。尿もまたアンモニアでアルカリ性なので、ビタミンCと反応して中和され無臭となります。
実際、私自身が確認したことなのですが、男性器の包皮あたりはふだん折りたたまれてしわになっているので、蒸れると嫌な臭いがします(いわゆる「イカ臭さ」)。ここにビタミンCの10%水溶液をスプレーしてしばらくすると、臭いが消えます。おそらく女性の尿道周囲も同じだと思います。
外陰部にビタミンCをスプレーして、アルカリ性になりがちな皮膚を酸性に保ってやることは、細菌性膣炎や膀胱炎対策にもなるでしょう。ビタミンCそれ自身に抗菌作用はありませんが、乳酸菌以外の細菌が繁殖しにくくなるからです。
また、におい対策になりますから、デートの前のエチケットに良いです。こういうことははっきりと書かなければお伝えできませんから書きますが、ビタミンCの水溶液は甘酸っぱい味です。抗菌剤の膣錠のような苦みはありません。サプリメントや食品添加物として使用されるくらいですから、口に入れてもまったく害はないです。すなわち、オーラルセックスの際にも問題が生じません。
現在作製を考えているのは、
1 ビタミンC(10%くらい)の外陰部用スプレー(においのエチケット、および細菌性膣炎・膀胱炎予防)
2 中間分子量ヒアルロン酸化粧水にビタミンCを添加したもの(皮膚に外用してもいいが、婦人科医の指導の下、アプリケーターを用いて膣内に注入し、治療として用いることもできる)
です。
後者は、ビタミンCの濃度を調節することによって、錠剤のような沁みる感じを生じにくくすることができるでしょう。また、中間分子量ヒアルロン酸の粘膜再生作用との相乗効果も期待できます。
容器やアプリケーターなどは、専用のものを新たに作ると費用がかさみます。まずは小ロットで試作したいので、既存の製品を工夫して活用しなければなりません。こういうことに頭をひねるのは大好きなので、しばらく楽しめそうです。
たぶん3ヶ月くらい先には製品が出来上がります。販売は通販が中心です。対面で買うの気が引けますものね。通販サイトできたらまたご案内します。
(ラベルのイメージの試作です。咲江レディスクリニックのイラストを基に作ってみました)
(27/6/8 記)追記
シュシュとチュチュの販売開始しました。(下の画像をクリック)
鶴舞公園クリニック 院長 深谷元継