多血小板血漿9は(→こちら)
上の「質問」は、日本美容外科学会(JSAPS)が運営する患者相談掲示板(→こちら)からの引用です。セルリバイブジータというのは、すでに解説しました通り(→ここ)、成長因子をPRPに加える施術法です。
下は、以前にも引用した、このようなケースにおける宮田先生の治療経験の記述です(→こちら)。貴重な記録です。
このような脂肪組織内の「硬いしこり」はなぜ出来るのでしょうか?PRPについて文献検索をしているうちに、気が付いたことがあるので、それについて記します。
今回の記事は、PRP療法を施術なさっているお医者さんに向けての情報発信です。なので、やや専門的で、一般のかたには解りにくい内容かもしれませんがご容赦ください。また、具体的な症例も、順次UPしていきますから(^^)。
成長因子入りPRPで、上のような「硬いしこり」が生じる原因は、血漿中のコルチゾールにあると、私は考えます。
(1) 血液中と組織中とでは、生理的なコルチゾールの濃度が異なります。例えば、熱傷患者の血漿および組織中のコルチゾール濃度を調べた下の論文では、血漿中総コルチゾールは8.8μg/dlで遊離コルチゾールが1.7μg/dlに対し、組織中コルチゾールは0.74μg/dlでした。
Measurement of tissue cortisol levels in patients with severe burns: a preliminary investigation.Cohen J et al, Crit Care. 2009;13(6):R189. Epub 2009 Nov 27.
対照として測定された健常者の組織中コルチゾールは0.20μg/dlです(熱傷患者の組織コルチゾール値は亢進している)。組織中コルチゾール値は、血漿コルチゾール値の数十分の一と考えていいです。血中にストックされているコルチゾールは担体と結合していて、必要に応じて、組織に供給されるという仕組みです。
(2)成長因子入りPRPの「成長因子」はフィブラストスプレー(bFGF)です。PRPには複数の成長因子が含まれます(主作用はPDGFによると考えられます)。これら、bFGFやPDGFといった成長因子が、皮膚や皮下組織の何に作用するかというと、皮膚(真皮)ではfibroblast(繊維芽細胞)、皮下組織では、adipose-derived stromal cell(ADSC:脂肪由来幹細胞)と考えられます。
Fibroblastはすでに分化した細胞であり、これに成長因子が作用しても、単に増殖するだけですが、ADSCは未分化なので、増殖と同時に、分化が始まります。どのような細胞に分化するかは、周辺環境、すなわちin vitroでいうところの「培養条件」によります。
ADSCはいろいろな細胞に分化させられる可能性があり、まさに研究がホットな領域ですが、いちばん分化しやすいのは、脂肪細胞と骨芽細胞(osteoblast)です。Osteoblastは、骨を形成する元になる細胞で、カルシウムを蓄えて石灰化の原因になります。
ADSCをosteoblastに分化させる培養条件として重要なものにdexamethasone(コルチゾールと同じ副腎皮質ステロイド)のの添加があります。至適濃度を調べた研究があり(下の論文)、1×10(-8)mol/Lあたりの濃度のようです。
Experimental study on osteogenic differentiation of adipose-derived stem cells treated with different concentrations of dexamethasone. Wang W et al, Zhongguo Xiu Fu Chong Jian Wai Ke Za Zhi,2011 Dec; 25(12):1486-92
(3)健常者の血中コルチゾール値は、日内変動がありますが、早朝のいちばん高いときで、12μg/dlくらいです。分子量は362です。mol/Lに換算すると、3×10(-8)mol/Lになります。Osteoblastに誘導する至適濃度に近いです。
ということは、bFGFを血漿とともに皮下脂肪に注射すると、ADSCをosteogenic(骨化)の方向へと分化させ、石灰化を起こす可能性があるということになります。
おそらく、PRPあるいはPDGFでも同じでしょう。しかし、不幸中の幸いというか、市販のPRPキットは、血小板濃縮能力が必ずしも高くないですから、問題にならなかったのだろう、と推測します。
bFGFそのものは、分化の方向性を決めるものではなく、増殖を加速するもののようです。しかし、これを血漿とともに、脂肪内に注入するのは、血漿中のコルチゾール濃度がOsteogenicな分化に導く濃度ですから、避けたほうが賢明です。札幌医大の小野先生らの論文で、「硬いしこり」が問題となっていないのは、小野先生らはbFGFを血漿とまぜて注射していないからでしょう。
血漿は凝固するとゼリー状のフィブリン塊になります。この中には、コルチゾールが血漿中濃度のまま閉じ込められており、体内で線溶系の働きで溶かされるにつれて放出されます。ですから、その近くにADSCがあった場合には、まさにosteogenicな分化のための培地のような環境になっている可能性があります。
bFGFとPRPとを混ぜて注射した場合には、まずbFGFがADGFの増殖の引き金を引き、次いでフィブリン塊から徐放されるコルチゾールが、osteogenicな分化に導く可能性がある、っていうことですね。
以上は、文献から考察されることで、いわば「仮説」です。検証のためには、動物実験で、コルチゾールあるいは血漿の希釈系列を作って、bFGFとともに脂肪中に注射し、その部位の石灰化の有無を確認するといった実験が望ましいです。ただし、成長因子入りPRPによる「硬いしこり」の発生頻度は必ずしも多くなく、限られた個体数の動物実験でどのくらい再現できるかは不明ですが。
しかし、私がここで、ほかの美容外科の先生がたに、わたしの考えを情報発信しておきたいと考えた理由は、私の仮説は、いろいろな問題の解決あるいは防止に役立つかもしれないと考えるからです。
脂肪注入による豊胸術で、ときに石灰化が問題となります。あれは、吸引した脂肪から、血液をよく洗い落とすことで予防できるのではないか?脂肪をコルチゾールを含む血液と注入してしまうために、その中のADSCが増殖・分化して、骨芽細胞様となり、カルシウムを沈着するのかもしれません。
また、脂肪組織中から幹細胞(ADSCのこと)を取り出し、静脈内に注射して、傷ついている個所の修復に当たらせるという考えの再生医療が始まっています。ADSCを血中に入れたら、血中のコルチゾールのために、Osteogenicに分化して、どこかの石灰化を来たすだけの結果となるのではないだろうか?
私は、現在、プロスタンジンにより血小板の一次凝集を抑える方法によって、高濃度のPRPの作製に成功し、症例を増やしつつあります。このPRPの注射において、注射部位すなわちtarget cellは、真皮のfibroblastと皮下脂肪のADSCの二つがあるわけですが、少なくとも皮下脂肪に打つ場合は、採取した血小板を、2回目の遠心のあと、血漿ではなく生理食塩水によって再浮遊させたものを用いたほうが安全と思われます。
血漿による再浮遊には、注射後に凝固系の亢進によるフィブリン塊を作って、そこに血小板を閉じ込めておいてゆっくり時間をかけて放出させるという、徐放効果が見込めます。また、真皮のターゲットである繊維芽細胞は未分化ではありません。なので、真皮内に注射する場合は、これまで通り血漿を用いていいかもしれません。
しかし、皮下深いところ(脂肪組織)に注射してふくらみ・ボリュームを出そうとすれば、ADSCの脂肪細胞への増殖・分化に期待するわけですから、この場合は、生理食塩水に置換したほうがよさそうです。(1)に記したように、組織中コルチゾールは血中の数十分の一ですから、血小板の沈殿に多少血漿が残っていても、生理食塩水で数十倍に希釈すれば、コルチゾール濃度は組織中と変わらなくなり、骨への分化は起こりにくいはずです。
最初に引用した、日本美容外科学会の掲示板での回答には、「成長因子入りのPRPでふくらみすぎた場合は、ケナコルト(デキサメサゾンやコルチゾールと同じ副腎皮質ステロイドです)注射がよい、という回答が複数ありますが、慎重に考えたほうがいいと思います。なぜなら、bFGFで増殖中のADSCにケナコルト(副腎皮質ステロイド)を作用させれば、濃度によっては、一部が骨化(=石灰化)する可能性があるからです。脂肪に分化した過剰な組織は、アキュスカルプやリポレーザーをうまく使えば修正可能かもしれませんが、骨化(石灰化)は除去が難しいです。
実のところ、副腎皮質ステロイドは、高濃度ではadipogenic(脂肪細胞分化)へと働くようです。下の論文に、ADSCをosteogenic および adipogenic に分化させるための培地組成の記述があります。
Autocrine fibroblast growth factor 2 increases the multipotentiality of human adipose-derived mesenchymal stem cells. Rider DA et al, Stem Cells. 2008 Jun;26(6):1598-608. Epub 2008 Mar 20.
dexamethasoneの濃度は、osteogenic mediumでは10nM(=1×10(-8)mol/L)で、adipogenic mediumでは1μM(=1×10(-6)mol/L)です。血中濃度の100倍のステロイドは骨分化ではなく、脂肪分化に働くようです。
ケナコルト(トリアムシノロン)の分子量は434ですから、1μM=4.34×10(-4)mg/mLです。筋注用ケナコルトA(40mg/mL)の1万倍希釈にあたります。10nMは100万倍希釈にあたります。
肥厚性瘢痕にケナコルトを注射するときには、だいたい4倍くらいに希釈して用います。回答者の先生がたは、それと同じ感覚で答えているのだと思われますが、これが周辺に拡散して消えていく過程で、1万倍、100万倍希釈を通過します。その濃度になると、ケナコルトは、脂肪分化、骨分化(石灰化)に働くということです(追記参照)。
Adipogenic medium の組成には、4.5g/L glucose や、10μg/mL insulin とあります。これらは注射用製剤がありますから、上で記した生理食塩水に置き換えた多血小板液を皮下脂肪に注射する際に、添加してやると、さらに骨化、すなわち「硬いしこり」の発生を抑えることが出来るかもしれません(下の写真と解説参照)。
以上、仮説ではありますが、いろいろ示唆に富むし、大切なことだと思うので、ここにまとめてみました。とりあえず、現在成長因子入りPRPを施術なさっている先生がたにおかれては、それでもbFGFと血小板との同時注射にこだわるということであれば、PRPから血小板のみを遠心沈殿させ生理食塩水で希釈し、そのうえでbFGFを混じたほうが、「硬いしこり」のトラブルは少なくなりそうですよ、と忠告進言申し上げます。効果は同じはずです。
あるいは逆に、血中濃度の100倍相当のデキサメサゾン添加でもいいかな?しかし、フィブリン塊から溶出されるときに、希釈されて1倍になる可能性否定できないから、生理食塩水置換のほうがより安全な気がします。添加するなら、インスリンおよびグルコースでしょうね。生食にグルコースとインスリンを混ぜたもので血小板再浮遊させて用いるといいのじゃないかな?
5%ブドウ糖注射液と、インスリン製剤であるヒューマリンNとを用いて、4.5g/Lグルコース・10μg/mLインスリン加生理食塩水(「G I 加生食」と呼ばせてください)を作って、遠心で沈殿させた血小板を再浮遊させてみました。
血小板濃度は300万/μLと高いですが、血漿ではないのでPRP(platelet rich plasma)とは言いにくい。PRS(platelet rich saline)とでも申しましょうか。色調は米の研ぎ汁のような乳白色(血小板および少量の白血球の色です)に、残留した少量の赤血球の色がかかったピンク色です。血漿の黄色みは無いです。2回目遠心前の血漿は黄色で赤みはまったくありませんでした。(1)濃縮されたため、(2)血漿の黄色みによって残留赤血球のピンク色がカモフラージュされていたのが消えたため、に赤みがかるのでしょう。さらにもう一度軽い遠心をかければ、赤血球はすぐ沈殿するだろうから、赤みのまったくない乳白色のPRS液に仕上げられると思いますが、そこまでするメリットを思いつかないので、このまま使用します。
実際に皮下脂肪織に打ってみると、凝固せずフィブリン塊が出来ないので、1時間もすれば「腫れ」は退いてしまいます。血小板はフィブリン塊にトラップされて徐々に放出されずに、組織のコラーゲンと接触して一気に活性化して顆粒を放出し、局所のPDGF濃度は一時的ながらも非常に高くなるはずです。
インスリンとブドウ糖もまた、すぐに吸収されるであろうから、添加することに意味があるかどうか不明ですが、さほど手間がかかることでも無いので(生理食塩水20mlにヒューマリンN0.05mlと5%ブドウ糖1.8mlを加えてよく混ぜれば出来上がり)、気休め程度かもしれませんが、確実なadipogenicな分化のために、添加をお勧めしておきます。
追記:日本美容外科学会の質問・回答の中に、興味深い記述を見つけました(→こちら)。
「シコリを疑うときは迷わずケナコルト注射でリセットする」というのは、ADSCがosteogenicな分化を始めた気配があったら、ステロイドの量を増やして(上記のように血漿濃度の100倍量でadipogenicに傾きます)分化を調節してやるといい、と解釈できます。
この場合、あまり高濃度だと、正常脂肪織の萎縮をもきたしますから、ケナコルトは1万倍希釈あるいはそれよりやや濃いくらいが適正、と考えられます。
しかし、見極め・調節は非常に難しいでしょう。「シコリ」がadipogenicな分化(脂肪の増大)であった場合には、1万倍濃度だとかえって過剰なふくらみを加速させかねません。
また、どうせなら、ケナコルト注射とともに、グルコースやインスリンも加えておいたほうが気が利いています。むつかしい話じゃないです。ケナコルトの希釈を上記の「 G I 加生食」で行うだけのことです。adipogenic mediumに近い組成のものを、osteogenic分化が疑われる箇所に連日注射してやるとよい。仮に「しこり」がadipogenicな増大であったとしても、osteogenicさえ回避させれば、過剰な脂肪であればアキュスカルプやリポレーザーで、まだ対処しやすいでしょう。