多血小板血漿8:PRPは瘢痕部の凹みに効くようだ+血小板凝集抑制剤(プロスタンジン)の有用性について


多血小板血漿7は→こちら
多血小板血漿9は→こちら
 
 先回、血漿に強く遠心をかけると血小板の沈殿は増えるが、そうすると、凝集(一次凝集)も強くなって、再浮遊してくれる血小板が減ってしまう、というジレンマについて記しました。そのため、2回目の遠心において、あまり強いGがかけられず、収率が悪くなってしまいます。
 このジレンマを打破する方法を、ずっと頭をひねっていたのですが、うまい方法を見つけました。
 それは、注射用プロスタンジン(PGE1)を微量、2回目の遠心時に加えてやるという方法です。
 

 
ACD-Aやヘパリンなどの抗凝固剤には、血小板凝集(とくに一次凝集)抑制作用がありません。ですから、凝固系が抑えられて、血漿自体は固まらなくても、血小板はベタベタと粘着しやすいままです。

 注射用プロスタンジン(PGE1)は、動脈硬化などの治療に点滴する古い薬剤ですが、薬理作用に血小板凝集抑制があります。もっとも、プロスタンジンを血小板凝集抑制剤として使っている報告が、ネットで文献を調べても見つからなかったので、うまくいくかどうか自信がなかったのですが、これが大成功でした。

 実は、プロスタンジンを試みるまでに、いろいろ他の工夫もしてみました。そのひとつに、「温める」というのがあります。
    温水で、凝集して壁にくっついた血小板を再浮遊させているところ。

 血小板が、なぜ一次凝集を始めるかというと、「血管外に出た」と認識するからです。血管内にとどまっていると、血小板が誤認してくれれば、凝集しないわけで、いかに血小板を「おまえはまだ血管内にいるんだぞ」と騙すかです。

 そのひとつの条件は温度です。室温に冷えると血漿中の血小板は凝集しやすくなります。一次凝集は可逆的なので、上の写真のように、38度の温水で温めてやると、壁にこびりついた血小板塊は、小塊にちぎれて、再浮遊しはじめます。この方法でも、ある程度は、収率上がります。

 しかし、プロスタンジン微量添加は、効果絶大です。PG(プロスタグランジン)は、血管壁に存在して、血小板を落ち着かせる、すなわち「君は血管の中にいるんだよ」というシグナルのような物質です。だから、血小板はすっかり安心しきって、凝集しなくなります。
   (2回目遠心(180G×5分)後)
 上の写真右は、プロスタンジン添加なしの血漿の遠心後で、壁に血小板が凝集してこびりついています。試験管ミキサーで剥がそうとしてもまったく取れません。むしろ、血漿中に浮遊している残りの血小板を呼び寄せてさらに凝集させてしまいます。
 写真左は、プロスタンジンを加えた場合です。血小板は、壁に凝集・粘着することなく、素直に沈殿してくれています。
 
上写真は、血小板を温めて再浮遊させて、なんとか100万個/μlまで濃縮に成功したPRP液。小血小板塊が残っているのがわかります。ちなみに、これは位相差顕微鏡像。血小板数正確に数えるために、位相差セットと写真撮影装置購入してしまいました。・・こういうこと好きなんですよね(^^;。

上の写真は、プロスタンジンを添加して作製したPRP液。血小板の凝集は完全に抑えられています。サラサラです。見事です。これなら、何倍にでも自在に計算通りに濃縮できます。

 なお、「凝集を抑えた血小板を注射して、そのあと活性化されるのか?」という疑問に対しては、「もし凝集抑制がそんなに長く続くなら、動脈硬化の患者にプロスタンジンの点滴など危険でできないはずだ」という答えでいいと思います。真皮内や皮下組織は強力な活性化剤であるコラーゲンがたくさんあります。プロスタンジンで一時的に凝集が抑制されていた血小板もすぐに血管外だと気がついて、しっかり活性化することでしょう。でなければ、プロスタンジン点滴中の患者は、小さなけがでも大出血してしまいます。そんな報告はありません。
 
 プロスタンジン点滴時には血管痛があります。注射したとき痛くないか?という疑問については、プロスタンジンを二回目の遠心のときに加えることにして、一回目の遠心後の血漿を少しとっておき、二回目遠心後の沈殿をこれで再浮遊させることにすれば、添加したプロスタンジンは、最終PRP液中には、ほとんど残りません。実際に、プロスタンジン添加非添加で、PRP注射時の痛みに差がないことも確認済みです。
 
 プロスタンジンを加えないと、壁への粘着→再浮遊困難のため、180G×5分くらいの遠心が限界なのですが(それ以上の遠心はかえって収率を下げる)、プロスタンジンを加えると、380G×15分くらいでも、全然平気です。
矢印の先の白い塊がバッファーコート(血小板と白血球の沈殿)です。上の血漿はほとんど透明になっており、血小板はほとんど沈殿しています。これでバッファーコート中の血小板が再浮遊してくれれば非常に収率がいいです。そして再浮遊してくれます。

 これを再浮遊させて作ったPRP液。素晴らしい「濁り」です。前にも記しましたが、血漿の濁りは、血小板(または血中脂質)によります。遠心して透明になり、再混和して再び濁るのは、血小板による濁りです(血中脂質による濁りであれば遠心しても濁ったまま)。
計算盤で数えたら、400万個/μlでした。すばらしい。

上は400万個/μlで、下は100万個/μlのPRP液。多くの個所に打ちたければ、100万個/μl程度で量を増やせるし、目的の個所がきまっていれば、そこに必要な量で出来る限り濃縮して打つといいと思います。

 それで、PRP療法に興味を抱いて、うちのスタッフたちと一部のお客さんに施術はじめて、2ヶ月くらいになるので、効果について解ってきたことを書いていきます。

 まず、
 
瘢痕部のへこみには効く。ふくらみを出すことができる。また、傷が目立たなくなる。

 健常部よりも、傷のあと、とくに瘢痕による凹みに有効なようです。たぶん、健常組織よりも、繊維芽細胞が多いからだと思います。

 うちのスタッフの1人のおでこの傷。40年以上前のものです。

 打った直後の写真はこんな感じです。
瘢痕部の凹みというのは、硬くてヒアルロン酸が入りにくい個所ですが、PRP液なら、上の写真のようにスムーズに入ります。

 瘢痕凹部での効果は、ほかにも、お客さんでも確認しているし、一例だけですが海外の文献報告もあるので、間違いなさそうです。
(Face and neck revitalization with platelet-rich plasma (PRP): clinical outcome in a series of 23 consecutively treated patients. Redaelli A et al. J Drugs Dermatol. 2010 May;9(5):466-72.)

 それで、瘢痕部に効きやすい理由が、わたしの想像通り、繊維芽細胞が多いから、ということであるなら、PRP液に繊維芽細胞を混ぜて打ってやると、さらに効果高まるのではなかろうか?

 口腔粘膜や、皮膚の小片から繊維芽細胞を培養して注射する、という施術は、すでにあります。専門の培養施設で行うので非常に高価で、そのわりに費用対効果的にぱっとした結果が出ないので、これまた私は、導入を見合わせていました。

 しかし実は繊維芽細胞の少量培養程度であれば、CO2インキュベーターやクリーンベンチなど実験器具をたぶん100万円くらい揃えれば、私は出来ます。

 PRP液の作製は、キットを使用せずに、シリンジや延長チューブだけで作製可能で、安く良質なPRP液が提供可能とわかったことだし、この際、繊維芽細胞の培養も、自前でやってみようかなあ。

 目下、思案中です。

 注:わたしのPRP液作成法、医療用消耗品と、注射用薬剤以外一切使用していないという点に、おおいにご注目ください。安価かつ安全です。そういう「縛り」「ルール」の範囲内で、いかに工夫するか、っていうあたりが、私はとても好きです。また倫理的でもあります。
 ブログでは、上から2、3番目の写真のように、バイオ実験用の遠心管の画像が出てくることがありますが、これは、凝集を確認するためあるいは顕微鏡で計数するための実験用に使っているもので、この遠心管に移した血漿やPRP液を注射することはありません。6番目の写真のように、シリンジや延長チューブなど、医療用材料のみを用いてをPRP液を作ります。
 繊維芽細胞培養するとしても、培養液は、自己血清と点滴用リンゲル液で大丈夫だと思います。培養容器も、医療用消耗品を工夫すればたぶんなんとかなるでしょう。
(2012年4月12日記)