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先回Infininkの記事で、「微粒子化したインクは消える」と書きました。インクの粒子が細かくなると、なぜ消えるのでしょうか?また、インクの粒子のサイズによって消える消えないがあるなら、たとえば黒色インクの主成分であるカーボンには、いろいろなサイズのものがありますから、ふるいにかけて粒子径を揃えておけば、消えやすいインクと消えにくいインクができるかもしれません。今回は、そのことについての考察です。
まず、粒子径が大きいと消えにくく、小さいと消えやすいというのは本当か?について調べてみました。タトゥーについての研究論文というのは少ないのですが、興味深い論文が一点ありました。
FSNPという蛍光色素を付けた様々な直径の粒子をマウスの皮膚にタトゥーをしたときに、皮膚からその蛍光の強さが消えていく様子をグラフ化したものです。皮膚がんの所属リンパ節を探るツールの研究のようです。
Cross-Linked Fluorescent Supramolecular Nanoparticles as Finite Tattoo Pigments with Controllable Intradermal Retention Times.(ACS Nano. 2016 Dec 20. doi: 10.1021/acsnano.6b06200.)
1456nmから240nmまでの6段階の粒子で検討されています。やはり粒子径の大きいFSNPのほうが皮膚から消失するのは遅いようです。
しかし、タトゥーの色素は、上のマウスの実験のFSNPのように数十日で消えてしまうなんてことはありません。実際のタトゥー色素と、FSNPとの違いは何でしょうか?タトゥー色素の直径は1456nmよりもさらに大きいということなのでしょうか?タトゥーした皮膚を電子顕微鏡で観察した報告を探してみました。
下は、タトゥーをした直後、真皮のコラーゲンの間に存在する色素です。縞模様の紐のようなものがコラーゲンで、濃い点々が色素です。色素粒子の直径は0.01~0.1μm、すなわち10~100nmくらいです。
Light and electron microscopic analysis of tattoos treated by Q-switched ruby laser. J Invest Dermatol. 1991 Jul;97(1):131-6.
マウスの実験のFSNP粒子よりも小さいです。FSNP粒子は、数十日で皮膚から消失してしまうのに、なぜタトゥーのインクは長期間留まるのでしょうか?
下は、タトゥー施術後13日め、貪食細胞であるマクロファージに取り込まれたタトゥー色素です。粒子が凝集し、1μm径に達するものもあります。タトゥー色素はマクロファージや繊維芽細胞に取り込まれて凝集し、マクロファージや繊維芽細が皮膚に留まることによって、定着するようです。
FSNPとタトゥー色素の消えやすさの違いは、これらの細胞に貪食されるかどうかが関係していそうです。また、粒子の比重(重さ)も関係するのかもしれません。
タトゥー色素は金属が多く、比重が大きいでしょう。重いものを貪食したマクロファージは、動きが悪くなって、リンパ管や血管まで遊走して、壁をくぐってリンパ節や肝臓まで辿り着けず、皮膚に留まるのかもしれません。
もしそうであるなら、同じ物質なら直径が大きいほど消えにくく、異なる物質なら比重が大きいほど消えにくい、ということになります。
次に「レーザーによってタトゥーの色が消える」メカニズムについて調べてみました。
レーザーの光エネルギーは、いったん色素に吸収されたあと、熱(photothermal effect)または物質の構造を変える力(photomechanical effectまたはphotoacoustic effect)となって放出されます。後者の結果、色素は細かく砕かれて、直径がより小さな粒子となります。小さくなった色素はマクロファージで処理されやすくなります。
しかし、上の、タトゥーを施した直後の電顕写真を見る限り、そもそもタトゥーの色素は元々から細かいです。
ここでもまた、色素がマクロファージや繊維芽細胞に取り込まれた形で、皮膚に存在するということが関係していそうです。
光エネルギーを吸収した色素は瞬間的に1000℃以上になるようです。パルス幅が短いQスイッチレーザーでは周辺に熱影響を及ぼしにくいですが、それでも多少は伝わるのでしょう、細胞内の水分は気化して急激に体積が増し、空胞が生じます。
Light and electron microscopic analysis of tattoos treated by Q-switched ruby laser. J Invest Dermatol. 1991 Jul;97(1):131-6.
空胞が生じないまでも、細胞膜が破れたりして、色素を貪食していた細胞はダメージを受けます。上図の空胞化は、photothermal effectの結果、下図の微小構造の破壊は、photoacoustic effectの結果とも言えます。
これら、破壊された細胞は、何らかのサイトカインを放出して、新たなマクロファージを呼び寄せるでしょう。多くのマクロファージがあつまって分担してダメージを受けた細胞を貪食し、かつ、色素自体の粒子径も小さくなっていることから、色素はリンパ管や血管内まで運ばれて処理されていくということだと考えられます。
最近、ピコレーザーという、パルス幅がナノレーザーよりもさらに短いQスイッチレーザーが、タトゥー除去に優れていると評判ですが、ピコレーザーとナノレーザーの違いは、ピコレーザーのほうがエネルギーを熱ではなく破砕力に変換する率が高いということのようです。おそらくですが、ピコレーザー施術直後のほうが、ナノレーザー施術直後よりも、空胞は少ないのではないかと思います。
レーザーの照射を受けた色素自体はどうなっているかというと、下図のように、粒子が細かくなると同時に、電顕上、色調が薄くなっており、しわのような(ラメラ構造といいます)ものが出てきています。粒子は細かくなると同時に、構造上の変化も起こしていそうです。色素によっては、構造の変化が色の変化(退色)をもたらすこともあるのかもしれません。
さて、以上の知見を踏まえて、アートメイク色素(カーボン)の粒子径はどのくらいが最適かというと、結局よくわかりません。
粒子がある程度大きいほうが消えにくいのではないか?という仮説のもとに調べてみたのですが、実際には10nm径くらいのちいさなものでも、貪食されさえすれば、定着しそうです。
むしろ、色素の定着のためには、マクロファージの数と、色素の絶対量との比が大切なようです。色素が少ないと、貪食したマクロファージは軽快に遊走して、色素を処理して皮膚から去っていくでしょう。しっかりと高密度に入れたほうが定着率高いだろう、ということです
また、タトゥーを施した後の炎症を抑えることも、色素の定着率を高めるためには大切と考えられます。炎症を抑えれば、マクロファージがあまり真皮内に遊走してきませんから、色素は繊維芽細胞に取り込まれるでしょう。アートメイク施術後にはロコイド軟膏という弱いステロイドを経験的に外用してもらっているのですが、このことの理論的な裏付けともいえます。
レーザーで色素を除去する際の工夫です。まず、できればピコレーザーが望ましいです。
そのほかに、色素を入れるときとは逆に、炎症が惹起されてマクロファージが集まったほうがいいわけですから、ステロイドの外用や内服はしないほうがいいし、ひょっとしたら、何らかの炎症惹起物質を外用や局所注射、あるいは内服や注射などの形で投与してやると、効果的なのかもしれません。たとえばですが、事前にGM-CSFを投与してやるとか。
年末にアメリカに行く用事があったので、飛び込みでタトゥースタジオを見学させてもらってきました。ちょっと怖かったですが、面白かったです。
オーナーの方が、フレンドリーで、ラッキーでした。
たどたどしい英語で見学の交渉しているところ。ちょっとびびってます。
映画の世界みたいでした。
日本のタトゥー屋さんの現場も見てみたいものです。私は、現在、医療アートメイクに尽力していますが、個人的には、アートメイクやタトゥーの施術は医師や看護師など有資格者でなければならないとは考えていません。
医師が医学的な観点から、色素や施術方法などを管理・監督できれば、実際の施術は職人仕事ですから、技術やデザイン力のある方のほうが向いていると思っています。
交流によってお互いプラスになる面もあると思います。よろしければinfo◎tclinic.jp(◎を@に変える)にご連絡ください。
(2017/01/23 記)
(2017/01/23 記)
鶴舞公園クリニック 院長 深谷元継