ヒアルロン酸注射による失明について(その1)


 非常に深刻なテーマではありますが、現実に合併症として存在する以上、タブー視して触れないわけにもいきません。
 ただし、「こんな合併症がありますよ、怖いですねー。」で終わってしまっては芸が無いので、なんとかこれを回避する工夫について考えてみたいと思います。

 まずどうしてヒアルロン酸注射で失明することがありうるのか?というメカニズムですが、下の眼球周囲の血管の分布図をご覧ください。
一番左の太い血管(内頸動脈)から眼動脈が分かれています。これが眼球を栄養する血管枝を出した後、最終的に目尻のあたりから皮膚に上がってきて皮膚を栄養する血管となっていきます。


 ヒアルロン酸を目周りの小じわの改善のために打った時に、この細い動脈にたまたま針先が入ってしまい、そこから逆行性にヒアルロン酸が血管内に入っていくと、眼動脈の基部のあたりまで達することがあるようです。確率的にも非常に低い話とは思いますが、実際にそういう報告が複数ありますから、100%起きないとは言い切れません。


症状としては、注射直後からすぐに視力が低下して見えなくなってしまうので、たとえば今このブログを読んでいる方、「先週ヒアルロン酸を打ったばかりだけど、これから失明するかもしれないのかしら?」と不安にならないでください。あとから視力が低下したという報告はありません。直後に症状が現れるようです。

 私も開業して10年以上、毎日のように目周りのしわにヒアルロン酸を打っています。延べ数でいうと一万例近くになるでしょう。しかし、アレルギーや末梢皮膚の軽い壊死の経験はありますが(→こちら)、失明という合併症は経験がありません。
 「これまで大丈夫だったから、今後もたぶん大丈夫だろう」と楽観的に考えることも出来なくもないですが、お客様から見れば、ずいぶん不安な話です。どうしたらこういう取り返しのつかない合併症は100%回避できるのか?について研究しておきたいと考えました。

1.注入量の問題か?

 まず実際の症例報告について。実は今回この問題をいちどじっくり研究しておこうと考えたのは、日本眼科学会雑誌の今月号に症例報告が掲載されたのを知人の眼科の先生に教えていただいたからです(日眼会誌118: 783-787.2014、美容整形目的で鼻背へヒアルロン酸注射後に眼動脈閉塞を来した1例)。20才の女性が、鼻根および鼻背にヒアルロン酸0.7mlを注射した直後より、右眼失明したという症例です。
 ネット上で公開されている医学報告もあります(→こちら)。リンク先は中国の医学雑誌で、11人の患者の症例報告をまとめたものです。ヒアルロン酸だけではなく、脂肪注入やコラーゲンでの失明も含まれています。一覧になった表を引用します。

 
この表を見ると、注入量がちょっと多いかな?と感じます。最少はcase10の上まぶたへの0.6mlですが、上まぶたに0.6mlと言うのは、私の感覚ではかなり多いです(私はせいぜい0.2-0,3ml)。case10は鼻で0.9ml、先の日眼会誌の報告も鼻で0.6mlですが、私はこの部にもせいぜい一回に0.2-0.3mlです。
 それで、「注入量が少なければ安全なのだろうか?」と考えて計算してみました。小動脈と言うのは、内径がだいたい0.5-1.0mmくらいのようです。皮膚から眼動脈の基部まで、だいたい5cmくらいとしましょう。すると血管内容積は直径0.5mmの場合、0.25×0.25×3.14×50÷1000 = 0.01ml・・。直径1mmとしてもこの4倍ですから、0.04mlです。たまたま動脈内に針先が入ってしまったら、かなり少量でも眼動脈の根元まで達しそうです・・。

2.注射部位の問題か?

 ネット上では、「解剖に熟知していない初心者が注射するとこういうことが起きる。自分は形成外科のエキスパートであり、血管走行の解剖を熟知しているから大丈夫だ。」と豪語する先生もいるようです。しかし、血管の走行というのは、anomaly(変則・例外)が非常に多いです。判りやすい例が右胸心です。心臓が左ではなく右にある人だっています。こんな小動脈が全ての人で解剖図譜通りに走行しているわけがない。

 「鼻にヒアルロン酸は注射しない」というポリシーの先生もいます。しかし、上の中国の症例を見ると、注射部位は鼻に限りません。額やこめかみ、上まぶたなど様々です。リスクを完全に避けるためには、眼周りには一切の注入系の施術はしない、が正解でしょう。

 実際、私も少なからず悩んでいます。今まで運よく、こういう悲惨な合併症に当たらず過ごしてきた。しかし、今クリニックは混んでいて(現在予約7ヶ月待ちです)、「眼周りには一切注入系の施術はしません」と宣言したところで、経営に支障はない。守りの観点からも、いっそそうしようか?とも思います。
 しかし、私が止めました宣言したところで、ヒアルロン酸を眼周りに打つ施術は無くならないだろう(他の先生たちは打ち続けるだろう)。この際、失明と言うリスクを100%回避できるうまい方法はないものか、とことん考えてみたほうが社会的にも有意義だ、そう考えて今こうやって記しています。

 話はそれましたが、要は「注入部位の問題ではない(解剖学的知識の問題ではない)だろう(はずだ)」ということです。(解剖についての補足は→こちら

3.注射時の圧力はどうだろうか?

 動脈というのは、内圧が高いです。眼動脈も、径が細いとはいえ、60mmHg 以上の圧は持っているでしょう。


 すなわち動脈内と周辺の組織とは、もともと60mmHgくらいの圧差があるはずです。
  ヒアルロン酸を組織に注入するときには、組織を押し広げていく感じですから、抵抗があります。ある一定の圧以下ではまったく入らないでしょう。ある圧力以上でようやく入るようになる。この圧をAとします。 
  小動脈内に注入する場合には、細い管の中を60mmHgの陽圧の血液を押し戻していく感じです。ヒアルロン酸というのは粘稠ですから、これが細い管に入っていくにはやはり抵抗があるでしょう。この圧をBとします。
 もしA<Bであれば、A<かつ<Bの圧は、組織には入るが小動脈内には入らない、いわば「絶対的安全注入圧」と言えます。
 簡単にいうと、非常にゆっくり、少量ずつ入れることで、組織には入るが動脈内には入らない注入手技が存在するかもしれない、ということです。
 逆にいうと、もしもこの「絶対的安全注入圧」が存在しなければ(A>Bであれば)、どんなに低圧でゆっくり入れても動脈塞栓は起こりうる=ゆっくり入れるという手技は意味が無い、ということでもあります。
 この線でまずは検討してみようと考えました。
 また、この注入圧の観点は、1の注入量の問題にも関係します。なぜなら、注入量が多くなると組織圧は高くなりますから、それにあがらって注射するために、注入圧は必然的に高くなります(パンパンに腫れるくらい注入するためには強い力で押さなければならない)。すると、動脈に針先が入ってしまった場合に、血管内にヒアルロン酸が注入されやすくなるでしょう。

4.実際にどのくらいの圧で注入しているのか?

 簡単にですが、実験して計算してみました。
 500円玉というのは、一個がだいたい1mmHgの重さとなるのだそうです(→こちら)。
 それで、レスチレインを添付の30G針をつけて逆さにして、500円玉何個乗せるとポタポタとヒアルロン酸が落下しはじめるのかを確認してみました。
 実際にやってみると、下のように500円玉26個、100円玉30個乗せて、ようやく1分間に一滴の速度で落ち始めました。100円玉を使ったのは手持ちの500円玉が無くなってしまったためです。



 「500円玉一個が1mmHg」と書きましたが、これは500円玉が500円玉の面積全体で支えられた場合の話で、この実験の場合には、レスチレインのシリンジの内筒の面積(直径6mmなので0.027cm2)で支えられていますから換算しなければなりません。500円玉一個7.2g、100円玉一個4.8gとして、(7.2×26+4.8×30)/0.027=12267g/cm2=902mmHg。
 実際に注入する際には、結構な圧を指で押してかけているようです。
 実感にそぐうかどうか確認するために、血圧計を工作して、下図のようなものを作ってみました。



 シュポシュポとマンシェットに空気を入れて、圧を200mmHgで止めてやります。次いで途中につないだ三方活栓ににつないだシリンジの内筒に指を当てながら、三方活栓を開放してやる。すると200mmHg の圧でシリンジを押したときの触感が解ります。
 圧を100→200→300と変えて、そのときの触感を指で記憶すると、だいたいこのくらいで押すと200mg、という感じが解ります。問題は900mmHg以上という実際にヒアルロン酸を注入しているであろう圧が、この装置では体験できない点ですが・・。しかし実際に300mgHgを体感してみると、900mmHgで一分に一滴しか入らない、というのはちょっと少なすぎるような気もします。

 いまのところ、ここまでです。中途半端で御免なさい。
 現在、注入圧を実際に数値化できるようなデバイスが出来ないか、知り合いの電気屋さんと検討中です。内筒を指で押す部分に圧センサーを取り付けて、数字部分は腕時計のように表示されるデバイスをイメージしているのですが、果たしてうまくできるかどうか・・。
 試作品できたら、また続き書きます。

(追記)
 鳥のもも肉と食用色素を買ってきました。さて、何が出来るのでしょうか?
 
大腿動脈からカテーテルを入れて、先ほどの血圧計と組み合わせて、70mmHgで注入します。

 動脈圧70mmHgの簡易実験モデルが出来上がりました。
 ・・本当は生きた小動物の血管使って実験したほうがいいのでしょうが、大学など研究機関でなければ出来ないですから苦肉の策です。時間がたって組織が痛んでいるため、若干色素の漏出はありますが、使えそうな血管はあります。血管内の凝結塊が心配だったのですが、血抜きがしっかりされているのでしょう、太めの血管には色素が行き渡るようです。
 このもも肉モデルを使って、いろいろ実験してみようと思います。

 続き(その2)は→こちら
 (2014年9月19日記)