エルビウムヤグレーザーでほくろを取るとなぜ再発しやすいか?

 
 以前のエルビウムヤグレーザーについての記事はこちらこちら

「深谷先生、先生のブログは面白い。僕を含めマニアックな美容系の医者はみんな見てますよ。ただね、ほかのところは全部納得なんだけれど、エルビウムレーザーのところだけが、どうも頷けない。ちょっとお時間ありませんか?ディスカッションしませんか?」

 こう誘われて、先日の学会の折、15分ほど某先生とお話してきました。

 某先生「皮膚の70%は水から出来ています。ここにレーザーが当たるとしますね?すると、組織には結合水と自由水というのがありますが、このうち自由水がまずエネルギーを吸収して気化して水蒸気になる。一気圧100539Cal/gの熱量が必要なんです。で、水蒸気になると、体積は1700倍になる。これによってレーザーが当たった組織は蒸散するわけです。すなわち爆発によって飛び散る。」
 私「うんうん。」
 某先生「ちなみに表皮と真皮では違う。表皮のほうが水分率は少ない。だから、適度なエネルギーをかけてやると、表皮直下、真皮の上のほうでこの水蒸気爆発が起こって、表皮が浮いたようになる。」
 私「ああ、それわかります。小さな扁平なゼボケラなんか、デフォーカスでそうやって浮かせるだけで、かさぶたになって取れますよね。」
 図にするとこんな感じ。

 某先生「で、さらにレーザー当てていくと、表皮が飛び散って真皮に進んでいく。このとき、炭酸ガスレーザーでは炭化層が出来ます。」
 私「うんうん。」
 某先生「エルビウムの場合は、水への吸収が高いから、組織には直接熱損傷が起こらんわけです。エネルギーは水に吸収されて水は水蒸気になって爆発するから100以上にはならない。一方CO2で炭化層が生じると言うことは、その部は100以上になっている。であるから、エルビウムのほうがCO2よりも周辺への熱損傷が高い。」
 私「でも先生、炭化層の下がもしそんなに温度高くなるなら、そこの水分は100以上になって水蒸気になって吹き飛んでるはずでしょ?炭化層の下に組織として残っているっていうことは、少なくとも100には達してないってことですよ。」

 某先生「うーん・・。」
 私「私が納得いってないのは、『炭化層が出来ている=組織の熱変性が強い』っていうのが本当かなあ?っていうところなんですよ。炭化層ができていようができていまいが、その下の組織が残存しているならば、そこではどちらも100には達していないってことでしょ?ところで先生はエルビウムとCO2、二つお持ちなんですか?」
 某先生「うん。」
 私「それで、先生の臨床的感覚から、エルビウムのほうが熱損傷少なそうだって感じるってことですか?」
 某先生「そうです。だから先生と議論しようと思って来ました。」
 私「そうかあ・・。うーん、もう一つ教えてください。エルビウムって必要だと思いますか?」
 某先生「僕はCO2のスキャン機能の付いた機種をもってるから、あれで広い面積を浅く焼くことができるので、それがあれば実はエルビウムは要らない、というか、エルビウムとCO2のスキャンモード、どちらかがあればいいと思います。」

 短時間でしたが、なかなか有意義なディスカッションが出来ました。で、帰りの新幹線の中で考えました。
 そして結論としては、まあ、原点に立ち返ったというか、当たり前の話なのですが、

 エルビウムだろうがCO2だろうが、周辺への熱損傷と言うのは、そのレーザーのパルス幅による。パルス幅が短く、皮膚の熱緩和時間(thermal relaxation time)=695μsec以下であれば、周辺への熱変性はほとんど起きないだろうし、これより長ければ熱変性が及ぶ。

 ということです。

 ここを飛ばして、水への吸収係数がどーのこーのとか、炭化層が出来るからあーだこーだとか考えるから、話が解り難くなる。

 エルビウムでもCO2でも、パルス幅は機種によって様々です。 たぶん、エルビウムとCO2の両機種を持っていて、エルビウムのほうが熱変性が小さい、と感じる先生は、持っているCO2レーザーのパルス幅が長いタイプなのではないでしょうか?
 CO2レーザーにもパルス幅が短く、695μsec以下に設定されたものがあります。たとえばNIDEKCOL-1015→こちら
(画像をクリックすると拡大します)

 このユニパルスモードを使えば、某先生のエルビウムと同じ熱変性の感覚になると私は思います。
 実際、このモードに関しては、10年以上前に浅く全顔をリサーフェシングするという施術がとくに欧米で流行ったころに、「エルビウムvsCO2」という表題で比較した論文が何本も出ました(例えばこちらこちら)。そして、結論は「差がない、ほぼ同じ。」でした。

 また、いわゆる切開モード(→こちらこちら)。スーパーパルスモードなどと言われますが、これもパルス幅は200μsecです。連続波ではなくて、毎秒数百回の矩形波が出ているわけですね。
 だからやや大きなほくろなどは、このモードで切り取るようにすれば周辺への熱損傷は最少で済みます。切開手術でメス代わりに使われる理由です。


 さてそれで、たとえばほくろや汗管腫を取る時に、本当にこのエルビウムレーザー(というか、ユニパルスやウルトラパルスモードのCO2レーザーでも同じだと私は考えるのですが)有用か?必要か?というと、やっぱり私は懐疑的です。
 というのは、もしそうなら、このパルス幅の短いモードのCO2レーザーはこの10年間でもっと普及しただろうから。最近は学術展示でも、このモードの機械を見かけることは少なくなりました。某先生が指摘するように、面積の広い薄いセボケラなんかを焼くにはいいかもですけどね。
 それはなぜかと言うと、ほくろにしろ汗管腫にしろ、再発しうる出来物だからです。細胞一個が取れ残っていても、そこからゆっくり再成長して再発してくることがある。
 周辺への適度な熱変性というのは、いわば安全率をかけているようなことです。パルス幅の短いレーザーを用いて再発性の出来物を取る場合には、肉眼で取れたと思った範囲よりも気持ち大きめに取っておいたほうがよいでしょう。
 うちの近所の皮膚科でエルビウムヤグレーザーでほくろを取ったけど再発してきたってお客さん何人もいらっしゃいました。再発しやすいというのが、パルス幅の短いエルビウムヤグレーザー(またはCO2レーザー)の欠点だと思います。

(某先生、ああいうディスカッションは私は好きです。また声掛けてください(^^)。)
 
 ☆追記☆ 
 ちょっと文献検索して確認してみました。
 CO2レーザーにおけるパルス幅と熱損傷の関係(→こちら




エルビウムヤグレーザーにおけるパルス幅と熱損傷の関係(→こちら
 200μsec のときに約50μm。やっぱりパルス幅が同じだと熱損傷もほぼ同じですね。

 
 ☆追記2☆
 イラストにしてまとめてみました。
 炭酸ガスレーザーは組織にも吸収されて炭化層を生じます(ススのようなものなので綿棒で拭けば取れる)がエルビウムは水への吸収が高く炭化層を形成しません。しかしそれはエネルギーの吸収のパターンの問題であって、その下床(近傍)への熱損傷というのは、パルス幅の長短で決まるってことです。
 (2014年7月23日記)