Scarless wound healingについて


 中間分子量ヒアルロン酸は、私が製作販売している化粧品の主成分です。現在のところ、これを使用した化粧品は日本では他にありません。製品名を明示すると、ブログ記事が薬事法第86条(未承認医薬品の広告禁止)に抵触するおそれがあるので、製品名を伏して一般名である「中間分子量ヒアルロン酸」に置き換えて記事を書いています。関心のあるかたは検索あるいはクリニックHPから探してくださいね。

 中間分子量ヒアルロン酸についての先回の記事は→こちら

 最近、「ブログの更新が遅い。もっと症例写真を見たい」とお客様に言われることが多いです。うちの場合、診療メニュー自体が多くないので、似たような症例ばかりになってしまいます(汗。

 今回は、先回に引き続き、中間分子量ヒアルロン酸の話を書きたいのですが、ややこしい理論になってしまいそうなので、お愛想代わりに、PRP療法のbefore/afterの写真をまず一枚出しておきます。

 
眼の下の薄い皮膚(汗腺などの皮膚付属器がぷつぷつと浮いて見える)が、間質にコラーゲンが増えて、厚くしっかりした皮膚になっているのが解ります。血小板密度300万/μl(実測)×0.8mlを注射して5ヶ月のbefore/afterです。

中間分子量ヒアルロン酸も、私の中では、PRPと似たカテゴリーです。化粧品扱いではありますが、医学論文にそって論理的に構築した話ですから。「切らない施術」かつ再生医療的発想ですね。「真皮にはPRP、中間分子量ヒアルロン酸」です。

普通、美容外科・皮膚科の化粧品(メディカルコスメ)と言うと、ほとんど出来合いの化粧品を、ラベルや容器だけをオリジナルにデザインして売り出すことが多いと思います。中間分子量ヒアルロン酸はまったく違います。正真正銘、私が医学論文を読んで思いついて、原材料入手先を探して処方を指示してオーダーしたものだからです。  
 

 さて、表題のScarless wound healing(瘢痕を残さない創傷治癒)と言う言葉について。これは、形成外科の夢であり課題です。

 胎児の皮膚と言うのは、成人と異なっています。どう異なるかと言うと、傷を付けても、まったく瘢痕を生じずに、元通りに復元します。

 その境目は、妊娠27週頃です。これ以降の胎児は、皮膚に傷がつくと、成人と同じく瘢痕治癒するようになります。

 どこに違いがあるのでしょうか?その一つが、羊水中のヒアルロン酸にあることが、つい先日の医学論文で報告されました(Hyaluronic acid, an important factor in the wound healing properties of amniotic fluid: In vitro studies of re-epithelialisation in human skin wounds. Nyman E, et.al.J Plast Surg Hand Surg. 2013 Apr;47(2):89-92. )。

 この論文では、妊娠16週頃の妊婦さんから採取した羊水中に、成人の皮膚片に傷を付けたものを入れて培養して、皮膚片の傷の治り方を観察しています。

 羊水を加えた培地では明らかに治りが早く、なおかつ、羊水にヒアルロニダーゼ(ヒアルロン酸分解酵素)を加えてヒアルロン酸を分解してやると、その効果は無くなりました。

これは、8週の胎児です。まだ皮膚は出来ていません。

16週の胎児。このころに、羊水中のヒアルロン酸(分子量10万、ヒアルプロテクトと同じです)が増加し、表皮細胞の分裂増殖・角化を促します。羊水が表皮を育てるわけです。

 たいへん興味深いことに、この分子量10万のヒアルロン酸、胎児自身の腎臓で産生されて、尿とともに羊水中に排出されるようです。胎児が自分自身で皮膚を育てています。うまいこと出来ていますね。


7ヶ月の胎児。このころから、皮膚に生じた傷は、瘢痕として残るようになります。Scarless woond healingの終わりです。

 ちょうどこのころから、胎児は炎症反応を起こすようになります。外部からの侵襲に対して、繊維芽細胞などが反応して、防衛できるようになります。皮肉なことに、この高等生物特有の「炎症反応」が、美容的には好ましくない「瘢痕」の大きな原因のようです。

 下等生物は、瘢痕治癒しないScarless wound healingが普通なんですよ。トカゲなんか、尻尾切られても元通り再生までしちゃうし。
 
 Scarless woond healingは、炎症反応のまだ未熟な胎児が、羊水中の中間分子量のヒアルロン酸などの助けを借りて再生するメカニズムであるわけです。

 上に示した「羊水中のヒアルロン酸に傷を早く治す力がある」という論文とは全く別に、yaluronan fragments improve wound healing on in vitro cutaneous model through P2X7 purinoreceptor basal activation: role of molecular weight. Ghazi K,et al.PLoS One. 2012;7(11):e48351.という「中間分子量サイズのヒアルロン酸(10万~30万)には、傷を治す力があるが、小分子量(5千~2万)や大分子量(100~140万)のものには無い」という内容の論文が2012年夏に出ました。
 しかし、この著者は、羊水中のヒアルロン酸との関連に気が付いていないかもしれません。論文中で触れられていないからです。

 一方、最初に記した論文もまた、羊水中のヒアルロン酸分子量が特殊なサイズであることに、触れられていません。

 「ステロイドによる皮膚萎縮が中間分子量サイズのヒアルロン酸で予防できる」ことを明らかにしたジュネーブのBarnes, Kaya,Saurat先生らのグループの論文も、主なものは一通り読みましたが、羊水中のヒアルロン酸との関連を記していません。

 ひょっとしたら、最近注目されてきた中間分子量サイズのヒアルロン酸が、羊水中のものと同じであることに気が付いたのは、マジで世界で私が最初かもしれません。もっとも、気が付いたからと言って、特許が取れるわけでもないし、自分で研究した結果ではないですから、手柄にもなりませんが。また、私が気が付くくらいだから、いずれ時間の問題で、皆気が付いて、ちょっとした話題になるんじゃないかな。

 この中間分子量ヒアルロン酸、いろいろ臨床応用が可能です。たとえば、大やけどのときなどの培養表皮作成時に添加してやれば、今よりさらに早く大きな表皮シートが作成可能なはずです。また、眼科で、コンタクトレンズで角膜に小さな傷がつくことがありますが、目薬にこのヒアルロン酸を入れてやれば、早く治るはずです。

 しかし、こういう医薬品として世の中に流通させるためには、手続きがいろいろ必要だし、そのための投資も大きいです。とりあえず化粧品として流通させ、あとは使い方次第で、いろいろな応用が可能な気がします。
 ぶっちゃけ例えば、「化粧品ではあるけれど、擦り傷や手術あとの傷にも使えますよ。むしろ、羊水中のヒアルロン酸に近いので、傷が早く治るかもしれませんよ」といったことを診察室で医師が言ったとしても、患者(患部)を診た上でであれば、それは医師としての裁量判断内なわけです。

 中間分子量ヒアルロン酸は、ステロイドの副作用である表皮委縮を抑えつつ、かつステロイド持つ抗炎症作用は阻害しないことが確認されています(Inhibition of putative hyalurosome platform in keratinocytes as a mechanism for corticosteroid-induced epidermal atrophy.Barnes L,et. al J Invest Dermatol. 2013 Apr;133(4):1017-26)。ということは、このヒアルロン酸とステロイドとを、外科手術のあとの縫合部に適度に外用してやれば、Scarless wound healingが実現できるのかもしれません

 最初に戻って、真皮の萎縮にはPRP療法で、表皮の萎縮には中間分子量ヒアルロン酸が絶対におすすめです。現在は、レーザーやサーマクールで真皮に軽い熱損傷を与えて適度に張りを出させて「若返り」とうたっているわけですが、こういう再生医療的な知識や技術が進んでいくと20年後には「昔はなんて原始的なことをしていたんだ」と笑い話になってしまっているかもしれないですね。
(2013年3月31日記)