世の中には、いろいろな見解があるもので、
「肝斑は、慢性刺激性炎症性色素沈着症、すなわち、こすりすぎによる炎症性色素沈着である。こすりすぎをやめさせることの指導とトラネキサム酸内服のみの『保存的治療』だけで肝斑は治ってしまうので他の治療法を行う必要がない。」
という極端な意見の医師もいるようです。
これは、ある意味、便利な意見で、この見解に従えば、医者は患者に
「私が処方するトラネキサム酸を服用して、肌をこすらないようにしてください。そうすれば肝斑は必ず治ります。もし治らなかったら、それはあなたが、肝斑の部をこすったからです。」
と言って済ますことが出来ます。女性は、お化粧のたびに頬を指でこする、なぞるような作業をせざるを得ないので、そのせいにしてしまえばいいということになります。肝斑の治療をいろいろ工夫する気の無い、あるいは肝斑を治すツールや技術・ノウハウを持ち合わせていない医師が飛びつきそうな話です。
形成外科の医師が、上記のような見解にとどまるのは、まあ、手術が専門ですから、仕方ないかな、とも思うのですが、皮膚科、とくに美容皮膚科を掲げる医師が、このような消極的で姑息な意見に迎合するのは、ちょっと許せないですね。
肝斑というのは、レーザーカーボンピーリング(あるいはレーザートーニングと呼ばれる施術も原理は同じ)で、かなり改善させることが可能です。
私が、「レーザーカーボンピーリングで肝斑治療が可能」という話を聞いたのは、開業前の2002年頃、韓国のレーザーメーカーの招待で見学に行った際のことでした。現「クリニックF」院長の藤本先生が、たまたま同行していらっしゃって、「レーザーカーボンピーリングで肝斑が治療可能らしい」と教えてくれました。(藤本先生は、レーザー好きが高じて、現在工学部の博士課程でレーザーの研究をしていらっしゃいます。藤本先生の肝斑治療のページは→こちら)
本当かなあ?と、俄かには信じ難かったのですが、その後、自分でもこの施術をするようになって、確かに施術すればするほど色が薄くなっていくことがよく解りました。
ただし、効果が出始めるまでには、回数が必要です(1か月に1回×最低でも5回)。多くの方は5回目までにまず「実感」します。実感というのは、写真を撮影して比較しても前後で差がはっきりしなくても、患者自身が「薄くなってきた」と訴え始めるということです。お化粧で肝斑を隠すときの手間が少なくて済む、といったことで「自覚」するようです。
通常、7~8回くらいからは、はっきりと写真上も変化してきます。上に示した写真は、決して「著効例」ではありません。当院での標準的な経過です(この記事を書こうと思い立って、たまたま今日いらっしゃっていたお客様の写真を、御諒解いただいて使わせてもらいました)。
最初、レーザーカーボンピーリングで肝斑が改善するという話には、半信半疑だったので、いわゆる東大式のトレチノイン・ハイドロキノン療法を、開院して最初の頃にはやっていました(→こちら)。しかし、だんだんレーザーカーボンピーリングのほうが優れていると判ってきて、現在は、肝斑治療は、全面的に移行しました。
2008年になって、タイのDr. Niwat Polnikornが、Journal of Cosmetic Laser Therapyという雑誌に、Treatment of refractory dermal melisma with the MedLiteC6 Q-switch Nd:YAG laser: Two case reportsという論文を上梓しました。いわゆるレーザートーニングです。そのあと湘南鎌倉病院形成外科・美容外科の山下先生が中心となって、これを検証し、日本人での施術プロトコールが定着しました。2010-2011だけでも10編の医学論文が出て、世界各国で検証されています(→こちら)。
レーザートーニングは、レーザーカーボンピーリングからカーボンを除いたような施術です。山下先生は、ご自身の報告で「肝斑が悪化した症例はありません」と記していらっしゃいますが、実際には他院では、レーザートーニングで肝斑が濃くなってしまう例はあるようです。私は、それは、施術のエネルギーが強すぎるためだと思います。
なぜそう考えるかというと、私は2種類のQ-YAGレーザーのユーザーなのですが、以前MedLiteⅡという機種で、レーザーカーボンピーリングを行っていた時には、肝斑が一時的に濃くなるケースは確かにありました(3~4回目くらい)。しかし、それは、続けていくとある時点(5回目超えたころ)で折り返して、こんどは薄くなっていきます。
この現象は、最初スタッフへの施術で経験しました。たまたま、うちのスタッフの関心事は、肝斑ではなく、毛穴だったので、多少肝斑が色濃くなっても、毛穴を引き締めたいという希望で、施術を続けました。すると、回数を重ねていくと、肝斑は薄くなりはじめ、10回ほどやったころには、かなり改善していました。
それで、患者のかたには「一時的に濃くなることがありますが、それを超えると薄くなっていきますから、心配しないでください。」と説明することにしました。なので、結果的にクレームは一件もありません。
数年前、C6を導入して、これでレーザーカーボンピーリングを始めたところ、この「一時的に濃くなる」ケースがまったくありません。しかし、肝斑はちゃんと薄くなっていきます。
これは、MedLiteⅡのビームプロファイルがガウシアンで、C6はトップハットであることによると私は考えます(両機種のビームプロファイルの解説は→こちら)。
同じ照射エネルギーでも、ガウシアンでは、中心部のエネルギーが強く出ます。トップハットは均一です。それで、ガウシアンのMedLiteⅡでは、一時的な色素の増強が起きるが、トップハットのC6では起きないのでしょう。
レーザートーニングの出力設定は、Dr. Niwat Polnikornの論文では3.4J/cm3、山下先生の推奨は2.8―3.4 J/cm3です。1週間に1度×4回が1クールです。短期に集中して高エネルギーを加えるわけです。
一方、レーザーカーボンピーリングの照射エネルギーは高くても2~2.5J/cm3、私のクリニックでの基本は1.3 J/cm3です。カーボンクリームを外用してその上からレーザーを照射するので、カーボンに当たったレーザー光が、熱などのエネルギーに変換されて皮膚に作用することを考えると、レーザートーニングよりも、どうしても低く設定せざるを得ません。この低い設定値が幸いしたのでしょう、結果的に現在に至るまで、一例のトラブルも無く、カーボンレーザーピーリングによる肝斑治療が出来ています。
私は、レーザートーニングの施術はしないのですが(C6のあるクリニックということで、ネットで調べて、レーザートーニングを希望していらっしゃるお客様もいますが、基本的にレーザーカーボンピーリングのメリットを説明して、勧めています)、レーザートーニングにおいても、より低出力で間隔を空けるようにすれば、一時的な色素増強は回避できそうな気がします。また、色が濃くなってきても、そのまま続行すれば、私の経験からは、かならず折り返して、白くなり始めますから、その点の説明も重要だと思います。
肝斑治療の裏ワザ的テクニックをもう一つ。
この方は、目周りの肝斑で、しみなのか、部分的に肝斑の濃いスポットなのか、そばかす上の「色むら」があります。
このようなケースの場合、まず、濃いそばかす状のスポットを、532nm波長、直径2㎜スポットの通常のシミ取りモードで、焼いて取ってしまいます。下の写真は一週間後、純然たる肝斑のみが残りました。
このあと、レーザーカーボンピーリングを繰り返していきます。下の写真は5回終了時。
下の写真はたまたま一年後来院されたときのものです。
肝斑で色の濃淡がはっきりしている場合、濃い部分を、小さなスポットサイズで点状に焼いた場合、周辺の薄い肝斑は影響を受けません(肝斑を大きく面として焼いてしまうと、全体的に炎症後の色素沈着(戻りじみ)が強く出て、それが退いたころには、元の肝斑に戻ってしまいます)。
この手法は、私のオリジナルと悦に入っていたのですが、数年前に美容外科の学会で、どなただったか思い出せなくて恐縮ですが、似た内容のことが発表されていました。皆、結局似たような結論に辿り着くんですね。
普通のしみっていうのは、「取れて当たり前」なんです。医者の腕の見せ所は、普通では取れにくい肝斑などの色素沈着をどうするか、です。
普通のしみ取りは、私の場合、年間1000~2000例はやってますから、通算で開業以来1万例は超えているでしょう。もう、なんというか、私にとっては仕事というより日課のようなものです。
街歩いていても、テレビ見ていても、しみがある人を見ると条件反射的に、取りたくなってしまいます。これはスタッフも同じのようで、松坂屋などにお弁当買いに行ったときなど、綺麗に着飾った方が、お顔のしみを一生懸命お化粧で隠して歩いているのを見かけると、ついつい声をかけたくなってしまって、自分を抑えるのが辛いそうです。職業病ですね。
近々、もう一台、QスイッチYAGレーザーを購入します。トータルで3台になります。
医者が私一人なのに、QスイッチYAGレーザーばかり3台揃えてどうするんだ?と不思議がる方もいるでしょうが、このレーザーは、応用が効いて奥が深いのです。藤本先生のように、工学部に編入して本格的にレーザーの研究をするまでには及びませんが、ちょっと思いついたことがあって、自分で少し工夫して、改造してみようと計画しています(男の子ですからね、こういうこと大好きです)。
(2012年9月28日記)
関連記事→「肝斑にレーザートーニングすると悪化することがある」