ピコ秒レーザーはなぜ低出力でしみが取れるのか?(その5)

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ピコ秒レーザーでしみを取るメカニズムを理解しよう思って文献を読むと、光音響効果(photoacoustic effect)と光力学的効果(photodynamic effect)という言葉が出てきます。読み流してもなんとなく解ったような気分にはなりますが、気になって調べると、物理学の知識やら数式の壁に突き当たります。お医者さんっていうのは、元々学力のある(あった)人が多いので、すらすらと理解できる人ももちろんいるのでしょうが、私を含め、ほとんどの美容系医師にとっては歯が立ちません(と思います。私だけじゃないよね?(^^;)。
それでも、お医者さんと言うのは、理解していなくても判っているような顔をするのは得意だし(そういう仕事なんですよ。お医者さんが「判らん」と言って首ひねっていたら患者さん不安でしょ?)、レーザー照射するのにどうしても必須の知識と言うわけでもないです。しみが取れればいいんだから。
一応、私が理解している限りを、イラストを用いて直観的に、数式を一切用いずに以下に解説してみました。私と同レベル以下の方々のお役に立てれば幸いです。
 
しみ取りのターゲットは、表皮細胞内のメラニンです。皮膚にレーザーを当てると、メラニンの分子中の電子(e)が励起されてメラニンがエネルギーを吸収します。

吸収されたエネルギーは原子核や分子全体の振動のような形で伝わります。

さらには、この振動すなわち熱はメラニンを取り巻く水などの分子にも伝わります。水は気化して空疱となります。これが、レーザーでしみ取りをするときに、十分なエネルギーが伝わったかの目安とされるIWP(immediate whitening phenomenon)です。


パルス幅が短いと、周辺への熱損傷が少ない、というのは、下図のようなイメージです。パルス幅を短くしていくと周囲への熱損傷はほとんど考慮せずによくなります。このパルス幅の理論的計算値が「熱緩和時間」です。とはいっても、メラニン分子からどこかに熱は逃げなければなりません。あくまで熱損傷がおきなくなるということですね。


さて、先回まで私が非常に悩んでいたのは、「エンライトン(ピコ秒レーザー)では、照射フルエンス0.5J/cm^2で、メドライトC6(ナノ秒レーザー)2.0J/cm^2と同程度のIWPが生じる」という事実です。上のイラストイメージからだけ考えれば、同程度のIWPを生じさせるには、ピコ秒だろうがナノ秒だろうが、同じだけのエネルギー(フルエンス)が必要なはずです。


ピコ秒レーザーでは、ピークパワー(W/cm^2)が高く、電子が感じる電場が強いです。すると、電子の励起レベルが非常に上がり、そのためにメラニンの化学構造が変化したりもします。ナノ秒レーザーおよびそれ以上のロングパルスレーザーでは、電子は熱を伝える通過点に過ぎなかったのですが、ピコ秒レーザーでは、電子の励起によっていったん蓄積される感じです。それが一気に放出されて周囲に熱影響をおよぼすと、同程度の水蒸気の気泡を作るには4分の1のレーザーエネルギーで済む、ここの計算は、どうやってするのかは私にはわかりませんが、「エンライトン(ピコ秒レーザー)では、照射フルエンス0.5J/cm^2で、メドライトC6(ナノ秒レーザー)2.0J/cm^2と同程度のIWPが生じる」というのは、そういうことだと思います。

コップに水を入れて運ぶ話で例えましょう。ピコ秒レーザーは電場が強いため、電子というコップが大きくなります。ナノ秒レーザーではこのコップが小さいので4回運ばなければなりません。そのために蛇口を出しっぱなしにしておかなければならないので、無駄が多い、っていう感じです。

 
さて、光音響効果(photoacoustic effect)ですが、このように高エネルギーとなったメラニン分子は、温度も高く、体積も増します。ただしそれはほんのわずかの時間(ピコ秒)です。しかし、この僅かの時間の間に体積が膨張と収縮を行うことで、密度の波が生じます。密度の波=音波です。



光音響効果(photoacoustic effect)というのは、レーザーでしみ取りをするときにあまり関係のある話ではありません。このあとに記す光力学的効果(photodynamic effect)を理解するための前知識です。エネルギーの強弱に関わらず、パルス幅が短くなると生じます。
 
さて、パルスレーザーのピークパワーが高くなると、電子の感じる電場もさらに高まり、ついには電子が原子や分子から離れてイオン化するプラズマという状態になります。プラズマの温度は非常に高く、体積も膨張します。それが短時間でオンオフされると、密度の波が音速を超えます。これは衝撃波と呼ばれます(光力学的効果(photodynamic effect)。
衝撃波というのは、津波のようなもので、破壊力が大きいです。ただし物質には衝撃波に対する強い弱いがあり、タトゥー色素に用いられる炭素や金属粒子などは、衝撃波に弱いです。生体組織は衝撃波に弱くはありません。腎結石の衝撃波治療で腎臓が破裂しないのと同じです。
 
上記のように考えてきたとき、ピコ秒レーザーが低出力でしみ取りが可能なのも、衝撃波を発生してタトゥーを効率よく除去できるのも、ピコレーザーが強い電場を有しており、電子が大きなエネルギーを得ることができるからです。レーザー光の電場はピークパワー(W/cm^2)に規定されます。フルエンス(J/cm^2)ではありません。
ロングパルスレーザーを用いて脱毛をするようなケースでは、熱損傷を利用するのだから目安はフルエンスで良いですが、ナノ秒やピコ秒など、組織の熱緩和時間よりも短いパルス幅のレーザーにおいては、ターゲットの物質の電子にどれだけ大きなエネルギーを伝えられるかが重要なようです。それならば、レーザーのパネルの表示はフルエンスではなくピークパワーであるべきだと思いませんか?
 
書きながら、途中で、そうだ、これ英文にして、キュテラ開発部のDr. Wytzeに送ってみよう、と思いつきました。物理をよく知らない人がなんとか理解しようと頭をひねるとこうい風になるのかと興味もってくれそうな気がします(^^)。

また、書きながら思ったんですが、いわゆる肝斑のレーザートーニング、あるいはレーザーカーボンピーリングのような低出力繰り返し治療を、ピコ秒レーザーで行うメリットは少ないかもしれません。出力下げてピークパワー落とせば、電子エネルギーはナノ秒レーザーと同じレベルになってしまうからです。むしろフルエンスが少ない分、発生する熱が少なく、物足りない施術になってしまいそう・・。
(2017/06/29 記)

鶴舞公園クリニック 院長 深谷元継