雑誌「形成外科」の2014年10月号に「肝斑に対する低出力QスイッチNd:YAGレーザー治療(レーザートーニング)の危険性」と題して、大阪の葛西先生による14例の症例報告がありました(→こちら)。葛西先生ご自身はレーザートーニングは行っていらっしゃらないのですが、他院で施術されて「肝斑が悪化した」として来院された方が複数いるのでこれをまとめて報告した、ということのようです。
私もまた「レーザートーニング」は行っていないのですが、それに似た施術である「カーボンレーザーピーリング」を行っています。その立場から葛西先生の論文を読んだ感想と私の考えを記しておきたいと思います。
葛西先生は、たしか1990年前後だったか、日本で初めて(あるいは京都の鈴木先生と前後してお二人目だったかもしれません)QスイッチYAGレーザーを導入された方です。この頃の皮膚外科の勉強会で葛西先生がレーザーの有用性を力説されていたのを拝聴した記憶があります。まだ脱毛も電気針で行われていた時代にRox Andersonのselective phototherolysisの理論を理解して数千万円の器械を個人輸入するというのは凡人に出来ることではありません。その点は本当に尊敬しています。
しかし、葛西先生が近年事あるごとに唱えていらっしゃる「肝斑にレーザートーニングすると悪化することがある」という見解については、やや異議があります。これは私の臨床経験からです。私の主張を一言で書きますと、「肝斑にレーザートーニングして悪化した場合は、出力を下げてレーザートーニングを続けると良い。そうすれば肝斑は薄くなっていく」です。
ピンとこないかもしれないですが、理論的に以下のように説明できます。
肝斑の茶色というのは、メラニン色素の色です。メラニンというのは、表皮の中にあるメラノサイトという細胞が作っています。これが角化細胞に送り込まれることによって表皮全体が褐色を帯びるわけです。肝斑ではこれが過剰になっています。
このメラノサイトのメラニン産生ですが、何に対して反応増強するかと言うと、第一に紫外線があげられます。しかしメラニン産生を亢進させるのは紫外線だけではありません。たとえば切り傷のあとや、にきびを押しつぶしたあともメラニン産生は亢進します(炎症後色素沈着と言います)。皮膚に対するストレス、と言ってしまうと簡単ですが、より正確には、メラノサイトのメラニン産生というのは、表皮内に生じた活性酸素の処理を目的としています。下記サイトが解りやすいのでご参照ください。
http://fptsukioka555.blog86.fc2.com/page-2.html
一方、「光線力学的効果(photodynamic effect)」という現象が知られています。これは「物質が吸収した光エネルギーを酸素分子(O2)に受け渡し、活性酸素種を生成する効果」です。強いレーザーを当ててしみ取りをしたあとに生じる一過性の「戻りじみ」という現象がありますが、しみ取りレーザーは可視光線の単一波長で紫外線を含まないにも関わらず、なぜメラニン産生が増強するのだろう、と不思議に思ったことはないですか?この光線力学的効果によって表皮内の活性酸素が増えるためと考えられます。
さて、光は、光線力学的効果によってメラニン産生に働くのと同時に、出来上がったメラニン色素そのものを分解もします。下はよく引用されるメラニンの吸収波長曲線です。メラニンに光エネルギーが吸収される結果、化学構造が不安定となって分解します。
波長が長いほど深達性があります。レーザートーニングにQ-YAGが用いられるのは、たぶん深達性が高いからでしょう。これより波長が長くなると、水への吸収が無視できなくなり、水蒸気化によるダメージが無視できなくなります。
低出力であると、肝斑治療となるが、高出力だと逆効果になる、ということです。
レーザートーニングの肝斑への有効性の報告は、2008年にタイのNiwat先生の2例が始まりです。このときの出力は3.4J/m2でした。このあと日本では湘南鎌倉総合病院の山下先生が2.8-3.4 J/m2で検証し、この数字がメーカーを通じて広く行きわたりました。ちなみに私がやっているレーザーカーボンピーリングの出力設定はさらに低く、1.3 J/m2です。間隔も、山下先生の方式ですと週一回ですが、私のレーザーカーボンピーリングは月一回が基本です。
実は私は以前は、カーボンレーザーピーリングを初めて報告したGoldbergの論文(Skin resurfacingutilizing a low-fluence Nd:YAG laser. Journal of Cutaneous Laser Therapy 1999; 1:23-27)にならって2.5 J/m2で施術していたのですが、これだと肝斑が一過性に濃くなる症例は確かにありました。ところが、たまたま小じわや毛穴引き締めが主目的のお客様が多く、多少肝斑が濃くなっても我慢してもらって続けていたところ、出力を下げて回数重ねていくと反転して薄くなっていくことに気が付きました。
それでだんだんと初回から出力を下げて、現在は1.3 J/m2に落ち着いています。肝斑の薄くなり方も穏やかではありますが、増悪することはありません。レーザートーニングについては、メーカーが葛西先生の指摘を受けて、現在は推奨出力を1.6-2.5 J/m2にまで落としています。しかし私は悪化を避けるにはもっと低くてもいいんじゃないかと考えます。ただし、出力高くても肝斑薄くなる人はいるようで、そういう方にとっては出力高く間隔も短いほうが有益ですけどね。
葛西先生については、私は直接面識はないのですが、「はっきりと取れるのか取れないのか解らないような施術はお好きではない」方と聞いています。誠実な姿勢とは感じますが、肝斑の「低出力でこそ有用であり、出力を上げると悪化する」という施術の良さには、気が付きにくいでしょうね。いかにも胡散臭いと思ってらっしゃるんじゃないかな。最初に記しました通り、尊敬に値する方ですから、私のこのブログ記事を読んで、認識を変えていただけるとありがたいのですが。レーザートーニングで肝斑が「悪くなった」患者が、これからも葛西先生のところに行って、葛西先生が正義感から「肝斑に低出力レーザー治療は行うべきでは無い」と主張し続けたら、患者も不幸だし、レーザーカーボンピーリングやってる私も巻き込まれたら迷惑です。
最後に、レーザーカーボンピーリングというか、肝斑の低出力レーザー治療を成功させるための私の工夫(というか心構え)を記しておきます。
大切なのは、信頼関係の構築です。具体的にどうするかというと、肝斑治療希望にいらっしゃる方、たいてい普通のしみやADMが混ざってますから、まずはそれをしっかり取ってあげる。それによって「この先生はちゃんときれいにしてくれるんだ」と信頼関係が築けますから、そういう患者さんに対して、残っている肝斑に対して低出力レーザーを施術する。
以前書いた記事中に実例があります→こちら(写真あり)
「本当に肝斑よくなるのかしら?」と半信半疑のお客様にいきなりレーザートーニングをして、不幸にも濃くなったら「続けていけば薄くなります」といくら言ったって信用してもらえないでしょう。
さらに補足です。いわゆる「戻りじみ」にも私はレーザーカーボンピーリングを積極的に勧めているのですが、この場合の出力はレーザートーニング並みに高めても良いと考えられます。あるいは同じ出力でパス数(繰り返し同じところに打つ回数)を増やしてもいいでしょう。戻りじみ部分には多少しつこく打っておくべしということです。肝斑と違ってメラニン産生に関して敏感ではないからです。
最近「ピコレーザー」というのが話題ですが、Q-YAGのピコ秒レーザーでレーザートーニングをすると、高出力でも肝斑悪化しにくいかもです。活性酸素産生するような組織ダメージがナノ秒レーザーよりもさらに小さいでしょうからね。逆にロングパルスのYAGレーザーは肝斑治療に向かないでしょう。
余談ですが、今日たまたま、お客様としてしみ取りにいらっしゃった眼科の先生と、最近新しいレーザーが出てきましたね、という話題になりました。
私「でもあれ高いですよね、3千万円弱ですか?」
眼科の先生「いや、一億円は超えますよ?」
私はピコ秒レーザーのことを考えていたのですが、眼科の先生はフェムト秒(ピコのさらに千分の一)レーザーのことを言っていたのでした・・まあ、皮膚と目のダメージに対する感受性の違いでしょうねー。
話を戻して、低侵襲で繰り返し行うことで、はじめて開けてくる世界もあるんです。その世界に患者さんを導くことが出来るのは、私の喜びであり誇りです。それ自体がまた一つの職人技ですからね。
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ウラジオストックの美容外科医のDr.Vasiliyからシベリアの自然の写真集頂きました。綺麗なので待合に置くことにしました。よろしければいらっしゃった際にご覧ください。
お手紙とご夫婦の写真も入っていました。こういうお手紙頂くのもまた喜びであり誇りですね。It is my great pleasure and honor.
(2015年2月15日記)