救急救命の講習・その2


私は元々皮膚科医です。万が一の緊急時の対応に手落ちがあってはならないと自戒して、開業以来、救急救命のトレーニングコースを積極的に受講して来ました(→こちら)。
そのうちに若い先生たちと勉強すること自体が楽しくなって、外傷コースのJATECと、アメリカ心臓協会のACLSの二つは、インストラクターも務めました。しかし、実際に救急部に務めたことの無い身としては、インストラクターはどうも心苦しくおこがましく、自分には不向きと考えて止めました。指導する側に立つことで、自分自身のスキルはさらに上がりますから、自分の勉強には大いになるんですけどね。自分が受講生側だったらやっぱり納得できないですから。
しかしプロバイダーとしての更新は続けています。その中の一つ、ACLS-EPコースを受講してきました。
インストラクターの先生方(御了解の上写真を掲載させていただいております)。

EP(experienced)コースというのは、通常の病院勤務では遭遇することの少ない、非典型例の救命を学びます。シナリオにひねりや意外性があるので、何度受けても飽きません。私はこれで2年おき3度目の受講(更新)です。


この方は、早田先生と言って、ACLSの創成期から普及活動に尽力されている方です。たまたま先回二年前の受講のときもこの先生でした。受講生とインストラクターというのは一期一会のことが多く珍しいです。それで記念に写真撮らせて頂きました。ほかにもJATECで一緒にインストラクターをしていた先生がいらっしゃって、御縁のある日でした。
ケース提示は、自分もやっていたから解るのですが、骨格となるシナリオを基に、自分流のアレンジをして臨場感を出して受講生の関心を高めます。私の場合は、ここで自分自身の現場経験が少なく、苦労しました(^^;)。早田先生は今回、低体温症のケースにネロとパトラッシュを引き合いに出してきました。この辺、さすが巧みと言うか余裕です。


これはネロの心電図というか、ネロがこのとき救急隊に助けられて心電図検査を受けていたら、たぶんこんな波形だっただろう、という例示です。オズボーンのJ波という寒冷暴露特有のパターンが出ています。
ネロの症状にシバリング(震え)が出ていたら深部体温は何度と推測されるか(答えは35℃から32℃の間)とか、低体温で倒れていた人を、急に動かしたり体位変換したりするときにはどんな危険が考えられるか?とか、そういった知識の確認・補強を行うわけです。数名のディスカッション形式で進めるので、受講生の知識や臨床経験が裸にされます。恥ずかしい思いをすることもありますが、その分確実に身に付きます。恥をかくと人間忘れにくいですからね。

早田先生の横は、今回のコースをコーディネートされた、日本ACLS協会大阪トレーニングサイト長の趙先生。松下記念病院の麻酔科の先生です。「ぜひACLSを当大阪トレーニングサイトで受講して下さいと呼びかけてください!」とのことでしたので、こうして告知させていただきます。こういう熱い先生方に接するのは、本当に気持ちがいいですね。表面的な情熱的な熱さでは無くて、内面的な暖かさの延長上の熱さです。医師としての職人的な善意と言ってもいい。私がはまってしまったのは、まさにこういう熱さ・暖かさに触れられるからです。

あまり美容外科・プチ整形の診療現場にすぐ役立つことは少ないのですが、二つほど収穫があったので、ここを見ているかもしれない同業の先生方に向けて、また自分自身のための備忘録として記しておきます。

一つは、アネキセートでジアゼパムをリバースすると、元々睡眠導入剤を常用しているような人では、ときに不整脈(VT)を誘発することがあるということ(→こちら)。
静脈麻酔は、うちはプロポフォールしか使わないのでアネキセートまで使うことはまず無いのですが、ドルミカムなど効果が遷延しやすい薬剤で静脈麻酔する先生は記憶しておいていいかもです。なかなか起きてくれないのでアネキセートでリバースしたところVT起こしてしまって、同期下カルディオバージョンできる除細動器が手元にあればいいのですが(注:鶴舞公園クリニックにはあります、えへん)、無いと、救急車要請してどこかの救急部に頭を下げてお願いするなんてことになりかねません。

もう一つは、ケースシナリオで出てきたのですが、

「60才男性、経食道エコー検査でキシロカインスプレーを使用した後に、チアノーゼ・呼吸困難。酸素投与によってもSpO2は86%で上がらず。」

何だと思います?酸素で上がらないということは肺血栓?・・
診断はキシロカイン(局所麻酔薬)によるメトヘモグロビン血症でした。
メトヘモグロビン血症・・名前を聞いたことと無い医者はいないでしょうが、経験したことのある医者ってどのくらいいるんだろう?インストラクターの人も、居合わせた受講生の人も、実際に診たことはない、ということでした。キシロカインのアレルギーや過量使用による中毒は気をつけますが、こういう非常に稀な副作用も、たしかに可能性ゼロではないですからね。少なくとも知ってはおかなければ。(追記:エムラクリームによる報告をまとめた文献みつけました→こちら

また二年後に更新コースを受講します。たぶん70才になっても80才になっても受講するでしょう。Once a doctor, always a doctor.
(2014年10月27日記)