アートメイクの安全性について

(これは、鶴舞公園クリニックアトリエのHP用下書き原稿(アートメイク施術)です。ご参考までにUPします。これまでの記事は→その1その2その3



 癌を宣告され、懸命に闘っていらっしゃる貴女。化学療法は、治療中の辛さだけではなく、脱毛という副作用を引き起こします。
 人はただ生きているのではありません。誰もが「人間らしく」生きたいと願っています。女性にとってそれは「女性らしく」生きることです。

 病気に打ち勝つためには、あなたの生へのモチベーションを最大限に引き出さなければなりません。少しでも、健康で輝いていた頃の自分に、外見を近づけましょう。女性としてお化粧から心を離すべきではありません。常に女性であり続けること、自分が誰かを見失わないことが、あなたが癌と戦うための強さを培ってくれるはずです

Brows before chemo!
(化学療法を受ける前にアートメイクをしておくといいですよ)

「アートメイクをしていると、MRIの検査が受けられないのではないか?」と心配される方がいます。
 大丈夫、検査は受けられます。もし「あなたはアートメイクをしているからMRIの検査は受けられません」という病院やお医者さんがいたら、「アートメイクが原因でMRI検査が出来ないというのは、医学的に間違っているはずです。もし、MRI検査をしてもらえなかったために、病気の見落としがあったら、責任を取ってもらえますか?」と尋ねてみてください。病院やお医者さんも、本気で調べて、「ひょっとするとチリチリした感じや熱い感じがするかもしれません。しかし、それが原因でMRI検査が出来なかったという報告は無い様なので、検査は受けられます。」と回答してくれるでしょう。

 MRI(核磁気共鳴画像法)装置
 
さらに、最近では「MRIを受けても安全な色素」でアートメイクすることも出来るようになってきました。これら、新しい色素は安全なのでしょうか?このあたりについて、解説してみます。

そもそも、アートメイクはMRIにとってどう問題なのでしょうか?それは、アートメイクに用いる色素に金属(酸化鉄)が用いられていることが多いことが関係しています。MRIというのは巨大な磁石です。その磁力が変化すると、金属に電流が流れます(電磁誘導)。その結果、金属が熱せられ、熱い感じが生じることがある、という話です。IHクッキングヒーターと同じ理屈です。

酸化鉄(FeO)顔料

また、磁石に吸い付く性質を持つもの(強磁性体)が生体内にあると、その付近のMRI画像を歪ませることがあります(アーチファクト)。強磁性体の代表的なものには鉄(Fe)、クロム(Cr)、コバルト(Co)があります。一方、アートメイク用の色素に用いられてきた金属は、これら3者のうち、どうも鉄のみのようです。
鉄というのは赤色を出しますが、クロムは緑色、コバルトは青の色素の原料になるはずです。なぜ、クロムやコバルトは、用いられなかったのでしょうか?おそらく他にも理由があるとは思いますが、皮膚科の観点からは、クロムやコバルトといった金属は、アレルギーを起こしやすい、といった点が思いつきます。鉄はアレルギーをまず起こしません。生体に対して安全なのです。

なぜ眉という黒色調を表現するために、赤色の酸化鉄が必要なのでしょうか?それには、まず、「補色」という概念を知ってください。



補色とは、互いに打ち消しあう色のことを言います。代表的な補色は、赤―緑、青―朱色、紫―黄です。たとえば、真っ赤な紙をしばらく見続けたあと、その紙をぱっと除くと、残像として人間の目は緑を感じます。これが補色です。

人の皮膚に、黒い粒子(カーボンなど)を彫り込むと、粒子そのものの色は真っ黒でも、青みがかって見えます。入れ墨が良い例です。「刺青」と書くくらいです。黒というのはすべての色を吸収してしまうから黒なのですが、青みがかって見えるということは、人の皮膚を間に挟むと、青がわずかに反射されるということなのでしょう。

さて、青の補色は朱色です。そこで、黒といっしょに朱色を彫り込んでやると、皮膚を通した外観は、自然な「黒」に近いということになります。この「朱色」を出すのが、酸化鉄の赤色なのです。ですから、もっとも原始的というか基本のアートメイクは、カーボンと酸化鉄とで調合されたはずです。この混合比でもって、色調が整えられます。

しかし、色素というのは、金属系のものだけではありません。オーガニック(有機系)といって、天然由来や石油由来の、すなわち非金属系の色素もあります。また、これら(とくに石油化学系の色素)は、種類が豊富です。いろいろな色調が可能です。
その一方で欠点もあります。それは、有機物であるがゆえに、分解されて消失しやすいという点です。
おそらくは、いろいろな試行錯誤の結果、アートメイク用には、赤色として金属系の酸化鉄を、その他の色調には有機系の色素を用いることで、いろいろ微妙な色調が調合されるようになったのでしょう。
この金属系(酸化鉄)と、有機系の色素を混ぜるという作成法は、結果として二つの問題を残しました。一つは上記のMRIの問題、もう一つは、長時間経過すると、有機系の色素は分解されて、酸化鉄のみが残るため、赤色調になってしまうという問題です。後者はともかく、前者は想定外のことでした。なぜなら、アートメイク用の色素は、MRIの普及以前から存在したからです。

アートメイク用色素のマーケットは決して大きなものではありません。ですから、メーカーの対応も遅れたようで、ようやく近年になって「MRIでも安全(MRI safe)」という謳い文句の色素が出回るようになりました。こういった色素は、おそらく、赤色を酸化鉄ではなく、別の有機系の色素で代用しているのだと考えられます。
またこのような色素は、「赤色調に変化することなく、色調に変化を起こさず均一に薄くなっていく」という性質があり、それを売りに掲げてもいます。

このあたり、海外のメーカーは、日本の化粧品のように全成分開示を義務付けられている訳ではないので、企業秘密として教えてくれません。
ここで問題となるのが、最近の「MRIでも安全」という新しい色素は、MRI以外の点でも安全といえるのか?という観点です。
酸化鉄というのは、MRIによって軽度発熱するリスクはありますが、それ以外の点(たとえばアレルギー)については安全性が高いです。一方、酸化鉄を使用しない新しい色素は、まだ歴史が浅いという意味で、安全性の保証がありません。化粧品でかぶれることがあるように、アートメイク用の色素でアレルギー反応を起こしてしまう可能性はゼロではない、ということです。酸化鉄は、この点、安心な素材でした。

まとめますと、
酸化鉄を含む色素→MRIの問題あり。時間経過とともに赤色調に変化する。長く使用されてきたという安全性の実績あり。
有機系のみの色素→MRIの問題なし。時間経過とともに薄くなるが色調変化は少ない。新製品であるという点で安全性の実績はまだ少ない。
ということになります。

酸化鉄を含む色素の場合、酸化鉄の赤色は消えにくいので、その意味では有機系のみの色素よりも「持ちは長い」ということになるかもしれません。「赤色調になっても、形が消えなければ、眉を書くのに便利だからいいや。」と気軽に考える方にはいいと思います。
一方、有機系のみの色素の場合、最終的には完全に消えてしまうでしょう。消えやすさは、色素によります(一般的に分子量の大きな成分ほど、生体では分解されにくい)。

以上から考えて、現時点では、酸化鉄を含む従来の色素と、有機系のみの新しい色素、どちらがより良いとも言えません。
色素の種類は、茶色だけでも何十種類もあるので、結局はその人にいちばん合ったお色が一番でしょうね。酸化鉄系・有機系にこだわるよりも、好みの色で決めたほうが正解かもです。

アメリカ、Kolorsource社の「CoCoNuBrown」。たぶん世界的なヒット商品です
NuBrownシリーズは、赤の補色である緑を強化することで(たぶん時間が経っても分解されにくい高分子量の有機系緑色色素を使用)、赤色への退色を遅くしています。

同じくKolorsource社の「StaBrown」シリーズ。「MRI safe」の新製品。有機系色素で調合されていると思われます。「新製品」とは銘打たれているものの、2014年時点ですでに8年間以上の販売期間の実績がありますから、安全性は高いといえます。

アートメイク用の色素というのは、日本では作られておらず、全て海外(アメリカ)からの輸入になります。そして、海外(アメリカ)のメーカー(下にいくつか引用しました)は、非医師による注文には、現在一切応じません(以前は非医師へも販売されていたようです)。
Kolorsource社のHPは→こちら
SofTap社のHPは→こちら
Biotouch社のHPは→こちら

したがって、現在、エステサロンや美容院で施術されているアートメイクというのは、それ自体が違法であるわけですが、それ以上に、色素の入手先は中国などからの非正規あるいは偽造品であると考えられます(上記のBiotouch社のHPでは、偽造品が出回っているという注意喚起もされています→こちら)。非医師によるアートメイクというのは、単に違法だから良くないという以上に、使用する色素の信頼性という観点からも、現在はリスキーであるということです。
(2014年1月27日記)