先回(→こちら)の続きです。
先回「桐の箪笥は火事になって焦げても中の着物は燃えない」ことを例にあげて、CO2レーザーで炭化層が生じると、そこから先の組織を熱損傷から守る働きがあるだろう、といったことを記しました。
桐の箪笥の例えだけでは、納得いかない方もいるかもしれないので、もう少し科学的に推論してみます。
まず「炭化」とは何か。
有機物の温度を上昇させると、蛋白質の凝固・変性から始まって、化学的な変化が起こります。
窒素・硫黄・酸素などが、炭素原子と離れて、小さな分子となります。これらは気体(ガス)です。残った炭素の塊が「炭化」です。
炭化と燃焼は異なります。燃焼は、空気中の酸素分子と反応して、熱や光の強いエネルギーを放出するものですが、炭化とは、有機物から、窒素・硫黄・酸素原子を含む小分子が、離れていってしまう過程を言います。CO2レーザーで、組織を蒸散させるときに、炭化層が出来ますが、この部でも同じことが起きています。組織がいったんエネルギーを吸収して、そのあと、そこから窒素・硫黄・酸素などを含んだ小分子が気体(ガス)状になって、外部に放出されます。レーザーのエネルギーは、このときに、これら小分子の運動エネルギー(熱)として放出されます。
ですから、炭化層が生じているということは、そこよりも深部の組織を、熱変性から守っていると言えます。
これでも納得いかないという方のために、数式による解説を試みます。先回の続き、CO2レーザーとエルビウムヤグレーザーの比較の話です。
エルビウムはCO2よりも「水への吸収が10倍」すなわち「吸光係数が10倍」のようです。
吸光係数というのは、
ランベルト・ベールの法則
におけるαのことで、つまり、吸光係数が10倍だと、同じ量の光エネルギーが組織に吸収されるまでに光が進む距離は10分の1になる、ということです。指数関数的に減衰していく、ということですね。
どんなイメージなのか、エクセルでグラフを作ってみました。
横軸xが距離、縦軸yが光エネルギーで、青線は赤線に比べて吸光係数が10倍とした場合の、減衰曲線です。なるほど、これだと、CO2レーザーはエルビウムに比べて、エネルギーの減衰が悪く、どんどん深くまで達して、熱損傷起こしてしまいそうですね。
そんなことはない、なぜかというとCO2レーザーでは、水以外の組織すなわち有機物に、光エネルギーが吸収されているからです(だから炭化が起きる)。
蒸散というのは、組織中の液体(水)あるいは固体(有機物)に強いエネルギーを与えて気化させ、このときの体積の急膨張によって、組織を爆発的に粉々にしてしまうメカニズムであるわけですが、エルビウムは、水への吸光係数が高く(水選択性が高い)、CO2は水への吸光係数が小さいです。しかし、CO2は水以外の有機物にも吸収されて、水蒸気以外のガスをも放出して爆発します。
エルビウムは水蒸気爆発、CO2は水蒸気に加えて有機物が混ざった化学工場爆発、と例えるといいかもです。
CO2の水以外の有機物への吸光エネルギーを考慮すると、上のグラフがどうなるか?考えてみました。
仮に、CO2レーザーの水以外の有機物への吸光係数、というか、ランベルト・ベールの式のαに当たる数値を、エルビウムの水の吸光係数の10倍とします。
皮膚の70%くらいが水分であるとすると、減衰曲線は、y=0.7exp(-0.1x)+0.3exp(-10x)となります。すなわち下図です。
ここから、xが小さい=非常に浅い部分においては、エルビウムのほうがCO2よりも減衰が小さいことがわかります。
さて、深い部分を見ると、CO2レーザーは減衰が悪く、熱損傷が大きいようにみえます。しかし、ここで登場するのが「炭化層」というバリアです。
炭化層は、当然、水分は0%です。ということは、ここでは水に関する減衰曲線は遮断されますから、y=exp(-10x)の急激な減衰曲線となります。
仮に深さ1のところで、炭化層が出来たとすると、下図のようになります。
炭化層を抜けたあとは、そのときの値を初値(y1)として、y=y1*{0.7exp(-0.1x)+0.3exp(-10x)}で減衰が始まる理屈ですが、y1は非常に小さいはずです。炭化層における減衰が急峻だからです。
エルビウムでは炭化層ができませんから、熱損傷はそのままです。
ですから、
炭化層ができるメカニズムによって、CO2レーザーは深部熱損傷から強く守られている
と言えます。
これは、CO2レーザーを使っていての実感とも合います。
CO2レーザーのテクニックは、いくつかありますが、基本は「フォーカス」と「デフォーカス」です。フォーカスは、焦点に合わせて小さなスポットに大きなエネルギーを加えるやりかたで、デフォーカスは、わざと焦点から遠ざけて、あぶるように軽く、より広範囲に焼く感じです。デフォーカスのほうが、炭化層は多くなりますが、熱損傷は少ない印象です。単に、デフォーカスにすると、エネルギー密度が小さくなるためと考えていましたが、炭化層を多く作るモードのために、水分を介した熱損傷が小さい、ためなのかもしれません。
※上記モデルにおいて、実際には、y=0.7exp(-x)+0.3exp(-10x)の、0.7と0.3すなわち皮膚の含水率は、CO2レーザーの照射によって変化するはずです。水の気化のほうが、組織の蒸散よりも早いからです。水の気化に伴い、0.7のほうの係数は小さくなり、0.3のほうの係数が上昇し、急峻な低下を示すexp(-10x)の寄与のほうが大きくなります。水が気化したあとの組織は、炭化していなくても、深部の熱損傷を防ぐバリアとなるということです。
時系列でいうと、水分の気化→組織の蒸散→炭化層の蒸散の順で、One shotのうちに、これが浅いところから深いまで繰り返されて掘り進んでいく、というイメージです。炭化層はOne shotの最後だけに出来るのではなく、掘り進む過程で常に形成されていて、最後に辺縁部のものが残されます。
しかし、この時系列による係数の変化まで考慮した数式は、私の手に余るし、この問題を考えるにあたって、そこまでの厳密性は必要ないでしょう。
以上が私の考えですが、果たしてどこまで当たっているのか、はたまた、どこかで間違いあるいは詰めの甘さがあるのか、それはわかりません。所詮、一開業医だし(^^;。
もしどなたか、気が付いたことありましたら、FAX052-264-0213までご指摘ください。よろしくですm(_ _)m。
なお、今回の記事というか、発想は、千歳台きたのクリニックの院長先生のブログ「皮膚の歳時記」(→こちら)中の記事を読んだことがきっかけになっています。
北野先生は、高野豆腐にエルビウムとCO2レーザーとを当てて、エルビウムでは炭化層が出来ないが、CO2では炭化層が出来ることを確認して、「炭化層のできるCO2よりも、水への吸光係数の高いエルビウムのほうが、熱損傷が少ない」と、考えておられますが、私は上記のような理由で、そ炭化層が出来るから熱損傷が大きいとは言えないのではないか?と考えた次第です。
まあ、しかし、現実問題として、CO2でもエルビウムでも、結局は術者次第でしょう(^^)。CO2は術者の腕にかなり左右されます。エルビウムは、初心者でも、炭化層が出来ない分、下床の確認がしやすいというメリットはあります。
汗管腫をCO2レーザーで焼くときは、小さく深いところの炭化層を上手に拭き取れるような極細の綿棒をこしらえておけばいいだけの話です。局所麻酔打つ前に、ピオクタニンでしっかり汗管腫の位置をマーキングしておく必要があります。この作業をあらかじめ丁寧にやっておかないと、局麻で膨らんだあと、汗管腫がどこにあったのか判らなくなって、あせることになるし、取り残しの原因にもなります。
私は、今のところ、北野先生の見解とは違う結論に達していますが、「皮膚の歳時記」の記事は興味深く、また面白かった。とことん自分で考えて、実験もしてみるという姿勢にとても好感を持ちました。
追記)
水とハイドロキシアパタイトとの、エルビウムとCO2の吸光係数の載っているグラフ見つけました。
上で、「CO2レーザーの水以外の有機物への吸光係数はエルビウムヤグレーザーの水への吸光係数の10倍」と仮定しましたが、CO2レーザーのハイドロキシアパタイトへの吸光係数はエルビウムヤグレーザーの水への吸光係数の数倍はありそうです。ですから、上記仮定は的外れではないと思います。
また、このグラフを見ると、ハイドロキシアパタイトに対するCO2の吸光係数は、エルビウムの100倍以上です。ハイドロキシアパタイトを「水以外の有機物」に置き換えても、似た数字になるでしょう。
「エルビウムはCO2に比べて水の吸光係数が10倍だから熱損傷起こしにくい」とう仮説が成り立つなら、「CO2はエルビウムに比べてハイドロキシアパタイト(≒水以外の有機物)の吸光係数が100倍なので、もっと熱損傷起こしにくい」という仮説も成り立ちます。
そしてこの二つは矛盾します。ということは、この仮説はおかしい、間違っているということです。
純粋に論理学の問題ととらえるなら、「エルビウムはCO2に比べて生体を構成する全ての物質に対して吸光係数が大きい」なら、「エルビウムはCO2よりも熱損傷起こしにくい」と言えます。しかし、実際にはそうじゃないってことです。
※この記事には続きがあります→こちら。
(2012年10月13日記)
※この記事には続きがあります→こちら。
(2012年10月13日記)