救急救命の講習

 わたしは、もともとは皮膚科医です。もっとも、医者となってはじめの2年間は内科に入局して研修しましたが、期間も短いし「内科医であった」というには、すこしおこがましいです。ただし、医者になって最初の2年というのは、一番影響を受けやすい時期で、この時期にメジャー科に籍を置いていたのは、正解だったと思っています。
 わたしは、勤務先としては、大学病院と国立病院しか知りません。これは、他科の専門家が多い環境であったという点で、恵まれていたともいえますし、逆に、今のようにまったく1人で開業して手術なども行う状況に置かれて、いざというとき、本当に大丈夫なのか?という自分自身への疑念にもつながります。
 どういうことかといいますと、健常人に、ふつうに麻酔をかけて手術する、というだけなら、問題は無いです。しかしお客さんにはいろいろな人がいます。たとえば、手術中に、たまたま心筋梗塞の発作が起きてしまった、というシナリオだって、あり得なくはないです。
 そういうときに、大病院であれば、循環器科のドクターをコールすればいいですが、個人病院だと、そうはいきません。最低限、救急車到着までは、医者として、やるべきことはやっておかなければなりません。
 それで、大学病院(名大)も近いことだし、救急救命の講習を受けておくことにしました。開業して1~2年経ったころでしょうか。
 BLSという本当に初歩の心肺蘇生術の受講を、看護学生さんたちに混ざって受けました。気恥ずかしかったですし、開業医でこういう講習にわざわざ出てくるひとは少ないようで珍しがられましたが、動機を話すと、皆、「それはよい心掛けだ」と誉めてくれました。
 BLSの上は、ACLSといって、致死的な不整脈などを、心電図上判別して、適切な薬物を選んで投与する、という、ややお医者さんらしいコースになります。これも、受講しました。こういうものは「習うより慣れろ」です。半年おきに同じコースを3回受講しました。そうしたら、インストラクターの先生から「先生は熱心だから、スタッフにならないか?」と誘っていただきました。そのころには、講習内容自体もさることながら、若い医師や看護師の方たちに混じって、体を動かしながら勉強する、という講習会の雰囲気が、すっかり好きになっていたので、ありがたくスタッフの末席に加えていただくことにしました。これだと、講習代金を支払わなくても、ただで見学もできます。
 一年くらいお手伝いしているうちに、こんどは「インストラクターにならないか?」と声をかけていただきました。自分の経歴から考えて、循環器内科にも救急部にも所属したことがないので、やや迷いましたが、声をかけていただけるということは、必要とされているということだろう、と思って、昨年インストラクターコースを受講しました。無事終了して、現在は、新米ACLSインストラクターとして、モニターを受けています(まだ一人前ではありません)。

 個人クリニックでの危機管理の必要性からはじめた救急救命講習会の受講ですが、上述したように、これが結構楽しくて、はまってしまいました。「医療崩壊」がよくいわれますが、講習会を受講している若い先生方は、みな、生き生きとして目が輝いています。美容外科という、医者としてはやや外れた道に進んでしまった(これはこれで、楽しくて面白い仕事ではあるのですが)わたしとしては、初心に帰るというか、穢れた(?)心が清められるような感覚です。
 それで、インターネットでしらべて、他にもいろいろ受講しました。JATEC(外傷初期診療)、JPTEC(病院前外傷救急、救命士さん向き)、PALS(小児救急)、ISLS(脳卒中初期診療)などです。
 JATECは、外科系のお医者さんたちが主に受講するコースで、重度交通外傷が救急室に運ばれてきたときに、速やかに最低限の蘇生を行い、Preventable trauma death(防ぎうる外傷死)を減らそうというものです。「18才男性、バイク事故転倒で5m飛ばされ、バイタル不安定、下顎ぐちゃぐちゃで血を吹いてて、息苦しそうです。さあどうする?」って感じのシナリオで、迫力あります。これも2年がかりくらいで、インストラクターになりました。
 PALSは日本小児集中治療研究会が主宰しているものです。皮膚科医であったころ、子供の患者を小児科といっしょに診ることがときどきありました。「ああ、あのとき小児科の先生は、こういうところを診てこう考えていたのか」と思い当たるところもあり、感慨深いです。PALSは、インストラクターまで取るつもりはありませんが、プロバイダーとしてのスキルは維持しておこうと思い、先日更新しました。

 まとめますと、わたしの、現在の救急救命系の肩書きは、
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ACLS(日本循環器学会トレーニングサイト)インストラクター(ただし見習い中)
JATEC(日本外傷診療研究機構)インストラクター
PALS(日本小児集中治療研究会)プロバイダー
JPTECISLSプロバイダー
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 ということになります。個人クリニック院長の肩書きコレクションとしては、まあ、自慢していいんじゃないかと思われます。肩書きだけなら、明日からでも、どこかの救急部に就職できそうです。

 それで、何をお伝えしたいかというと、人間のからだというのは、今の今まで健康そうであっても、突然、心臓発作や脳梗塞を起こして倒れないとも限りません。それが、たまたま、美容外科受診の最中に待合で、ってことだってありうるわけです。
 わたしは、小さな美容外科の院長ではありますが、それよりもまず第一に、医師です。開業しても、その気持ちを、忘れたことはありません。
 わたしのクリニックを訪ねてくださったお客様をお迎えするにあたっては、わたしは医師としての誇りと責任をもって、お守りいたします。
 そのための研鑽を欠かしてはいません、というアピールです。
 女性への愛の告白と同じで、こういうことは、はっきりと明言し、宣言しておくことに意義があります。安心ですからね。
(2010年2月26日)


☆手術室をお客様の側から見たところ。左手赤矢印のカーテンのの裏には・・

☆カーテンの裏には、酸素、閉鎖式麻酔回路、BVMといった、万が一の蘇生用具が隠れています。カーテンを開くとただちに「臨戦態勢」となる仕組みです。
☆これはACLSでも用いられるモニター付き除細動器(ひとつ前の写真の右手赤矢印)です。AEDと異なり、不整脈の種類に応じた適切なエネルギーで除細動できます。下の引き出しを開くと、各種緊急用薬剤が出てきます。

 まあ、もっとも、開業して6年、まだ一度も使ったことは無いわけですが・・。それでも、やっぱりわたしは医師だし、ここは、「医院」ですからね。万が一のための備えです。「備えあれば憂いなし」。

 (追記)2010年5月に日本循環器学会トレーニングサイト所属のACLSインストラクターとして認定されました(「見習い」でなく正規インストラクターとなりました)。