タトゥー彫り師に独立したライセンスを与えてはならない(その2)


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「タトゥーは医療行為ではない」 彫り師に逆転無罪判決 (朝日新聞DIGITAL 2018年11月14日)


医師免許がないのに客にタトゥー(刺青(いれずみ))を施したとして医師法違反の罪に問われた彫り師の増田太輝被告(30)=大阪府吹田市=の控訴審判決が14日、大阪高裁であった。西田真基裁判長は「タトゥーは医療を目的とする行為ではない」と判断。罰金15万円(求刑罰金30万円)とした一審・大阪地裁判決を破棄し、無罪を言い渡した。
 増田被告は2014年7月~15年3月、医師免許がないのに客3人の体の一部にタトゥーを施したとして15年8月に略式起訴され、翌月に罰金30万円の略式命令を受けたが拒否。タトゥーを客に施すことが医師法で医師免許を必要とする「医行為」に当たるかが正式裁判で争われた。
 高裁判決は医行為について、17年9月の一審判決が示した「医師が行わなければ保健衛生上、危害を生ずるおそれのある行為」とする基準に加え、医療や保健指導が目的の行為であることも要件だと解釈した。
 その上で、タトゥーは歴史や現代社会で美術的な意義や社会的風俗という実態があることを踏まえ、「医師の業務とは根本的に異なる」とし、医行為には当たらないと判断。彫り師に医師免許を求めれば、憲法が保障する職業選択の自由との関係で疑義が生じるとも述べた。
 さらに、医師法以外に法規制がないとされてきたタトゥー施術は、業界による自主規制や立法措置などを検討すべきであり、医師法で禁止することは「非現実的な対処方法」だと批判。施術を医行為とした一審判決の判断は「維持しがたい」と結論づけた。
 大阪高検の田辺泰弘次席検事は「判決内容を精査した上で適切に対応する」とコメントした。(大貫聡子)
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本当は、判決文を読んで、以下の文章を書きたいところなのですが、確定していないので公開されていません。ですから、二次情報である新聞記事などを頼りにせざるを得ず、情報の正確さにもどかしさがある点はお含みおきください。
私が今回の高裁判決で憤っているのは、上記の記事中「タトゥーは医行為ではない」と高裁が判断したという点です。
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高裁判決は医行為について、17年9月の一審判決が示した「医師が行わなければ保健衛生上、危害を生ずるおそれのある行為」とする基準に加え、医療や保健指導が目的の行為であることも要件だと解釈した。
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医行為がこのように「目的」でもって規定されるとするならば、たとえば美容外科で行っている二重瞼の手術などもすべて医行為ではなくなります。医行為は、生体への侵襲の程度によって定義されるべきです。
大阪高裁の裁判官は、タトゥーをよほど軽く考えているのではないでしょうか?ボディペインティングではないのです。容易には消せません。レーザー照射を繰り返しても、うっすらとした痕は完全には消えないし、消えたように見える色素は、実は細かく砕かれて体内のリンパ流に乗って深部組織に沈着しています。


 色素が発癌物質を含んでいれば、タトゥーを施された人は、終生発癌リスクが高まります。そういった生体の仕組みを理解せずに、色素の成分は何なのかも知らず、ただ、キャンバスに絵を描くような軽い気持ちで他人の肌にインクを入れる、それが「芸術」だろうか?倫理的な疑問を感じないのか?
 
他の新聞記事には「医師免許ではなく、彫り師をライセンス制度で管理してはどうか」という提案もありました。仮にそのようなライセンスを作るとしても、あくまで、タトゥーの合併症や除去の困難さを熟知した医師の指示のもと、そういったリスクを考慮しても本当にタトゥーを入れたいのか?に関するインフォームドコンセントをしっかりと取ったうえでの「医行為」として位置付けるべきです。
医行為ではない、独立したタトゥーのライセンスによって、何が解決するのでしょうか?単に彫り師の存在を正当化するだけで、私たち医師がこれまで経験してきたタトゥーの悲劇、後始末はむしろ増えるに違いありません。若者がより気軽にタトゥーを入れるようになるでしょう。
誤解して欲しくないのですが、医師に管理をまかせることで、医師に上納金をよこせと言っているのではありません。医行為とすることで、医師に責任を負わせろ、と言っています。独立したタトゥーのライセンスは、単なる免罪符であって、責任の所在を不明確にします。

以下は、来年度から開始する予定の、医師・看護師を対象とした「医療アートメイク検定」の試験問題草案の一部です。あまり、一般の方を不安がらせるのも良くないと考えて、伏せていましたが、これまで無資格者に委ねられていたタトゥーやアートメイクで、具体的にどんな問題が生じていたのかを垣間見ることが出来ると思うので、一部公開します。
極論と言われるかもしれませんが、タトゥーを彫るというのは原発を造るのに似ています。造るよりも廃炉のほうがはるかに費用も労力もかかるし、リスクもあるという意味でです。

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問 次の文章の正誤を判定しなさい。
「黒色色素の主成分として広く使用されているカーボンブラックは炭素(C)であるので、発がん性はない」

×
(解説)
カーボンブラックの工業的製造法には、ファーネス法、アセチレン法などがあるが、炭素原子は様々なストラクチャーで結合しており、粒子径も様々である。またその表面には-OHや-CO,-COOHなどの側鎖を有する。多環芳香族炭化水素(Polycyclic Aromatic Hydrocarbons:PAHsベンゼン環を2個以上持つ化合物の総称)も混在しており、これは強い発がん性を有する。ドイツではPAHの代表的な18物質について日常生活品における含有量の規制があり、色素がカーボンブラックを含有する場合には、この規制が一つの目安となるだろう。

 
問 次の文章の正誤を判定しなさい。
「アメリカ製のアートメイク色素を購入した。新品未開封であるので無菌である。」

×
(解説)アメリカ合衆国で販売流通しているタトゥー用の色素の微生物汚染を調べたところ、85検体中42件で細菌・真菌の汚染が認められたという報告がある。そのうち34件では人体に有害な病原菌を検出した(J Appl Microbiol. 2018 May;124(5):1294-1302)。


問 アートメイクの前処置として高濃度の局所麻酔薬を外用したところ、数分後に患者の頸部に蕁麻疹様の発赤が現れて、患者は「少し呼吸が苦しい」と訴えた。脈は速く、血圧を測定したところ,100/60で心拍数は120であった。準備すべき薬剤はどれか?

a アトロピン1㎎ b 生理食塩水50ml c βブロッカー吸入剤 d アドレナリン1㎎ e ケナコルト筋注用40mg


(解説)局所麻酔薬によるアナフィラキシーショックは死亡事故につながる。特効薬はアドレナリン1㎎筋注であるが、安価な薬剤であるにも関わらず、他に用途がないため、外来で常備されていないクリニックも多いので、勤務先を各自チェックしておいたほうがよい。多くの場合は、麻酔薬を拭き取って様子をみることで回復するが、意識障害やチアノーゼなどショックの兆候を認めた場合には救急車を呼ぶよりも先にまずアドレナリンを注射すべきである。


問 次のうち、アートメイクの針で眼球を突いたことにより、強膜炎を起こしていることを示す画像はどれか?

A
(解説)いわゆる白目の部分は表層から結膜・強膜・脈絡膜・網膜の4層構造を取っており、強膜はその名の如く固い繊維製の組織で、網膜を保護している。アイラインのアートメイクを行う場合の針刺し事故の医学報告には、強膜に達して強膜炎を起こしたというもの(A)や、強膜に色素が入って外傷性刺青となってしまった(A,C)というものがある。結膜レベルの針刺し事故はおそらくもっとも多いが、医学報告されるほどの重篤感が無いものと考えられる。強膜炎を起こすと、受傷部位を超えて広く充血・血管拡張がおきる。強膜を超えて網膜まで達した針刺し事故の報告は無いが、もし貫通した場合には、その部から網膜剥離が広がり、また眼内炎を起こしてくるので、失明の危険が高い。
Cはいわゆる黒目の部分の針刺し事故によって、角膜を貫通した症例で、ブドウ膜炎を起こしており、前房蓄膿を認める。報告には患者はこのあと緑内障発作を繰り返したとあり、ブドウ膜炎による隅角閉塞が原因であろう。黒目部分には強膜が無いため、白目部分より針は穿通しやすいと考えられる。患者はおそらく何かの理由で針を注視してしまったと考えられる。
Dはレーシック後のDLK(層間角膜炎)と言われる合併症で、円形のフラップを起こした部分に炎症が見られ、アートメイクとの関連を疑っている論文がある。

 
問 次の文章の正誤を判定しなさい。
「アートメイクをした部位に一致して、施術4か月を経過したのちに痒みをともなう腫れが生じてきた。施術後4か月も経っているのだから、色素によるアレルギーは疑いにくい」

×
(解説)アートメイク色素は生体内に長く残存し、マクロファージなどの抗原提示細胞に晒されるので、施術後長期間経てから感作が成立してアレルギー反応を生じてくることは稀ではない(例:J Dermatol. 1991 Jun;18(6):352-5)。また、色素は生体内で代謝され酵素反応によって異なる物質へとされるため、もともとの色素でパッチテストしても陰性のことも多い。なおかつ、化粧品と異なり、洗浄してアレルゲンを除去することが出来ないので、化粧品のアレルギーと異なり、肉芽腫様、偽性リンパ腫様といった難治性で独特な臨床像に発展することもある。

問 アートメイク施術後痒みと腫れが続いており、色素に対するアレルギーが疑われている。以下の対処法のうち、全身性のアレルギーを発症するリスクのあるものはどれか?
a ステロイド外用
b ステロイド(ケナコルトA筋注用の生理食塩水4倍希釈)の局所注射
c Qスイッチレーザー
d フラクショナルレーザー
e 外科的切除

c
(解説)治療の第一選択はaである。アートメイクはタトゥーと異なり、色素の層が比較的浅いので、炎症とともに自然にアレルゲンである色素が排出されて症状が治まることも多い。それまで対症的にステロイド外用や抗ヒスタミン剤の内服を行う。ただし、ステロイド外用剤を長期連用すると特に眼瞼では酒さ様皮膚炎をおこしやすい。また眼圧が上昇することもあるので眼科との連携が望ましい。肉芽腫様でステロイド外用に反応しない場合にステロイド局注が奏功したとの報告もある。Qスイッチレーザーはアレルギーがない場合には色素除去に有用であり、アレルギーが疑われた症例でも安全に除去できたという報告もあるが、血管周囲の細胞内に取り込まれていた色素を細胞外に放出しリンパ流に乗せてしまうため、色素がアレルゲンである場合に全身性のアレルギー反応(紅斑やアナフィラキシー症状)をきたすことがある。フラクショナルレーザーは皮膚に小孔を開けることによって、真皮から体外への色素放出を促すので、アレルギーが疑われる場合のレーザー治療としては無難と言える。外科的切除は整容的に許される場合には選択肢の一つである。


問 眉のアートメイク施術を受けて一か月後から下図のように黄色の角化を伴う丘疹や扁平な隆起をきたしてきた。誤っている記述はどれか?

a 鑑別診断として色素に対するアレルギー、異物反応、サルコイドーシス、非定型抗酸菌感染症があげられる
b 色素によるパッチテストが陰性であればアレルギーは否定できる
c 組織片の培養で非定型抗酸菌が検出されれば確定診断となる
d 病理組織像が非乾酪性類上皮細胞性肉芽腫であってもサルコイドーシスと確定診断は出来ない
e サルコイドーシスの患者であっても、患者がアートメイクの再施術を強く希望した場合には、絶対的禁忌ではない。

b
(解説)aはその通りで、臨床像からは様々な病態が考えられ得る。bアートメイク色素は生体内で代謝されたり、蛋白質と結合してハプテンとしてアレルゲンと働いたりするので、色素そのものでパッチテストしても陰性のことが多い。c培養で非定型抗酸菌が検出されれば確定診断となる。dサルコイドーシスの診断方法には病理診断群と臨床診断群とがあり、病理診断群の要件として非乾酪性類上皮細胞性肉芽腫は必須であるが、同時に「既知の原因の肉芽腫および局所サルコイド反応を除外できているもの」を満たす必要がある(日本サルコイドーシス/肉芽腫性疾患学会、サルコイドーシスの診断基準と診断の手引き)。非乾酪性類上皮細胞性肉芽腫は非定型抗酸菌症など他の疾患でも認めることがあるからである。局所サルコイド反応との鑑別は、皮膚の他部位の皮疹や、両側肺門リンパ節腫脹(BHL)、血中ACE・ sIL-2R上昇、眼や心臓などの他臓器病変があればサルコイドーシス、無ければ局所サルコイド反応と考えればよい。dサルコイドーシス患者にアートメイクをすると必ず病変を生じるというわけではないので、十分なリスクを説明したうえで患者が希望した場合には施術は可能である(Am J Clin Dermatol. 2018 Apr;19(2):167-180)。しかし現実問題としてはなるべく施術を控えたほうが無難ではあろう。


問 下図はタトゥーに合併した非定型抗酸菌症(Non-tuberculous mycobacteria : NTM)の臨床写真である。非定型抗酸菌症についての記述として誤っているものはどれか?
a 感染経路として施術時に使用された未滅菌のインクや水が考えられる
b 痒みや痛みを伴うことがある
c 培養で検出されなければ否定的である
d 施術後1~4週間後からの丘疹や膿疱で始まることが多い
e 病理組織所見は毛嚢炎や肉芽腫様で非特異的であり診断の決め手にはならない

c
(解説)非定型抗酸菌は生活環境に広く存在し、ときに保存された水中で繁殖して皮膚への感染源となる。自覚症状は痒みや痛みを伴うこともあれば無症状のこともある。病理組織所見は非特異的であり、組織片を抗酸菌培養することで確定診断できるが、陽性率は40~50%であり、検体採取を繰り返してはじめて検出できることもある。他覚症状は丘疹や膿疱、結節、潰瘍、プラーク(扁平な隆起)などである(Dermatol Online J. 2014 Jun 15;20(6),BMJ Case Rep. 2018 Jan 12;2018,問題文中の画像はJ Cutan Pathol. 2012 Dec;39(12):1110-8から)

(2018/11/15記)

続きがあります→その3

鶴舞公園クリニック 院長 深谷元継