なぜ溶ける糸をやっているクリニックが多いのか?

 「24才の子に溶けない糸リフトしました」のYさん(→こちらこちらこちらこちら)の9ヶ月目のインタビュー動画撮影したんですが、途中からつい脱線というか、表題について一人語りしてしまいました。Yさん頷いてはくれてたけど、あっけに取られてたと思います。

まあ、前からお伝えしたいと思っていたことではあるんで、ブログの方でも文章で書き出してみます。

元々糸リフトというのは、1990年代に、グルジア(ジョージア)のスルマニゼ先生という方が考案しました。その当時はもちろん溶けない糸が用いられていました。

これが手軽でたるみに効果的だということで、2000年代になって全世界的に広まりました。

しかし懸念もありました。それは「糸を入れるのは良いけれど、1020年と経ったときにも大丈夫だろうか」です。

今でこそ美容外科はお洒落な診療科として若手医師の志望も多いですが、20年前はまだまだ過去のアングラな時代を引きずっていました。例えばですが過去に豊胸目的でパラフィンの注射を行い、それが年月を経て肉芽形成してきたりといったトラウマを抱えていたりもしていたのです。

ポリプロピレンの糸って、既に心臓外科などの手術で体内に留置したままにもしていた素材なので、そこまで危惧するような話じゃ無かったと思うんですが、何ていうんだろう?美容外科の先生たちって、大胆なところがある一方、トラブルに直面すると過度に慎重になりすぎる面もあります。あんまり深く考えずに理屈抜きでです。

これ、後からも書きますが、科学的・非科学的というよりは、美容外科というのが商業的な側面を持っているので、消費者心理に過敏だからだと思います。

とにかくそれで「溶ける糸」というものが出現しました。1年か2年で溶けてしまう素材ならば、長期の安全性は考えなくてもいいだろう、という判断です。

一方私はと言うと、このブログにも昔書きましたが、スタッフの協力を得て「顔半分溶ける糸、顔半分溶けない糸」で実験してみました。結果は明らかで、溶ける糸の方は3ヶ月も経たないうちにすっかり元に戻ってしまい、そのスタッフから懇願されて、溶けない糸を追加しました(→こちら)。この経験から「溶けない糸は駄目だ」と判断して、以降「溶けない糸」一本槍です。

ここ、私が美容外科の商業的側面に鈍感だっていうところでもあるんでしょうねえ。

「溶けない糸っていうのは長期的観点からも安全なはずだ」と考えていたので、その私を信用してくれるお客さんたちに、溶けない糸の施術をし続けました。

早いもので20年以上になります。症例数は11人平均として延べ350×207000例、糸の本数で言うと8×7000=56000本くらいでしょうか?中には数十回、本数にして100本以上入っている方もいますが、とくに長期的に糸を留置していることによる合併症はありません。感染症など、溶ける糸でも生じうる合併症はときにありますが、溶ける糸に比べて多いということも無いと思います。

さらには、長期に溶けない糸を入れておくことによって、若返り効果が保たれ続けるという、嬉しい長期効果も確認できました。重要な知見だと考えたので、医学論文にして報告もしています。

 

私としては、これで、①溶けない糸が見直されるに違いない、②長期の安全性と若返り効果が確認されたのだから、なるべく若いうち(20代)に溶けない糸リフトをしておいた方が良い、と考えて、実際にYさんのような、私の考えを理解してくれるお客様に協力してもらってYoutube動画を撮ってUPしてみたりもしたのですが、あまり再生回数伸びていないようで、注目されてはいないみたいです。

その理由を私なりに考察してみたのですが、一つには、この20年の間に、溶ける糸が市場を席巻した結果、そもそも「溶けない糸」をメーカーが作らなくなった、ということがあります。私は自前で糸を製作しているので影響がないのですが、一般のクリニックにとっては大きな理由でしょう。

もう一つ、こちらの方が本質的だと思うのですが、溶ける糸の「効果が長続きしない」という特徴が、先ほど記した「美容外科の商業的側面」にフィットしたからだと思います。たるみを気にするお客さんに、まずは溶ける糸を勧めて、すぐに戻ってしまうことで「やっぱり糸リフトって駄目でしょ?切るリフトしましょう」と二段階に誘導できるという点です。この論法は直観的にも受け入れやすいでしょう。


「溶けない糸を入れておくと、入れてから数カ月で戻りがあるけど、510年と経ったあとでは、同級生たちと比べて明らかな若返り効果がある(たるみの進行が遅くなる)」といった逆説的論法と違って、分かりやすく納得させやすいです。

そしてこの「溶ける糸→切るリフト」の流れのほうが、クリニック側の利益も大きいと考えられます。 

いまさらのように気が付く私が鈍感なんでしょうが、美容医療っていうのは、科学的に正しいと考えられることが、即市場で受け入れられるという世界では無いんですね。

だけど、それはある意味仕方のないことでもあります。なぜって、これは「病気を治す」医療では無いから。科学的真実を探求する世界では無くて、顧客の満足に奉仕する医療です。お金が動いて双方がハッピーならそれでいいんです。

別に投げやりになったりシニカルに構えてるんじゃなくて、「そういえばそうだよなあ」って感慨にふけっているっていうか、改めてそういう世界に自分は身を置いているんだったと感じ入っています。

私がいくら若い人に溶けない糸を入れている動画をUPして、長期効果、転ばぬ先の杖で、たるみを遅らせるために、溶けない糸を入れた方が良いんだよ、と力説したところで、「溶ける糸→切るリフト」という流れは変えられないような気がしてきました。「何が正しいか?」ではなくて「どういうストーリーが消費者に受け入れられやすいか?」という問題なんでしょうね。よく考えるとそれで不幸になる人も特にいないし。

ただ、やっぱり私はこれからもこの「溶けない糸リフト」の長期安全性と長期効果を訴え続けていくでしょう。意地ではなくて、それが自分が関わってしまった、巡り合ってしまった真実だからです。

動画で「医者でも商人でも無く職人として」って言ってますが、なぜ「医者として」じゃないかというと、これ、そもそも病気を治す行為じゃ無いので、私の中で「医者として」って胸を張るのがどうにも烏滸がましいからです。

まー要は私のこのブログやYoutube動画を見つけて納得・共感してくれた人が来てくれれば良い、あえて世の中に「溶けない糸リフト教」を広める必要まではない、っていうところに着地したって感じでしょうか。

  https://www.youtube.com/watch?v=SMeFUsD5rE0

昔ロシアに勉強に行ってた先の女医さんたちが、ときどき私のクリニックにまでわざわざやってきて溶けない糸リフトの施術受けてくれます。動画はそのときの通訳さん。彼女もまた羨ましくなって糸リフトしに来てくれました。

   https://www.youtube.com/watch?v=BSngZ0b4hss

こちらはジャズシンガーの柴田菜央さんと、ロシアの3人組の歌手さんたち。柴田さんも20代半ばですが、溶けない糸リフト受けたし(Youtube動画あり)、ロシアの歌手さんたちも私のところで複数回溶けない糸リフトしています。3人とも60才前後ですが、見た目若いでしょ?彼女たちもまた私の作品です。たまたま柴田さんとタイミング会ったので、うちの待合室で急遽Fry me to the moonのセッションを即興でしてもらいました。

今私66才ですが、もうしばらくこういったご縁のある、私という誤解されやすい逆説的真実ばかりに関心が向いてしまう人間を理解してくれる言わば「仲間」のようなお客さんたちのために仕事続けようかなと考えています。よろしくお願いしますm(_ _)m

(2025/7/4記)