酸化第二鉄以外の赤色色素についてーアゾ色素のお話


鶴舞公園クリニックの今月のご予約受付は終了しました。次のご予約受付日は9月1日(金曜日、10:00-18:30)からです。7ヵ月後の来年4月分のご予約をお受けいたします。公平のためお電話のみのご予約とさせていただいております(直接来院してのご予約は受け付けておりません)。ご了解くださいm(_ _)m。

先回の記事でPigment Red2とPigment Red17という色素について触れました(→こちら)。これらはアゾ色素に属します。アゾ色素とはーN=N-で二つの有機基が連結している化学構造をもった色素の総称です。
アゾ色素と言えば、思い出すのが、女子顔面黒皮症(リール黒皮症)です。大阪大学の小塚雄民先生が、スダンⅠというアゾ色素が原因であることを解明しました(→こちら)。
(小塚先生。近況は→こちら

スダンⅠは、赤色219号(Pigment Red 64)という、当時の化粧品に多用されていた色素の不純物でした。成分そのものではなく、不純物に原因があると突きとめたところが凄いです。
私も、いつかは、こういう鮮やかで社会的意義のある仕事をしたいものだと考えて、皮膚科医を続けてきたのですが、まだ道半ばです。
話がそれますが、小塚先生のこの業績はもっと評価されて良いと思います。論文発表当時は、本当に原因なのかは、化粧品業界が企業努力をして、黒皮症がなくなるまでは判らないと指摘されたであろうし、黒皮症の原因が化粧品成分にあったとしたら補償問題になりますから、今とは比べ物にならない企業の抵抗があったことでしょう。そして十年以上たって黒皮症の患者がいなくなったときには、それが小塚先生のお陰だということが、忘れられてしまいます。
少なくとも皮膚科医は、小塚先生の業績を記憶し、語り継ぐべきです。だからこうして記しています。
 
ちなみに、色素の名前ですが、赤色219号=Pigment Red64=D&C Red No31など別名がいろいろあって混乱します(→こちら)。
日本の法定色素番号とFDA名、CIナンバー、Color Index名については下記サイトの対比が便利です。
http://www.jsdacd.org/html/data/color/jpn.html

さて、アゾ色素というのは、スダンⅠの例でもわかるように、アレルギーを惹起しうる物質です。化学合成の過程で類似の化合物が生成されるためでしょう、不純物が含まれ、その不純物がアレルギーの原因となることもあります。
アートメイクやタトゥーの場合はさらに話が複雑になります。皮内に注入された有機化合物は、徐々に代謝・分解されて、化学構造が変化します。そのため、化粧品のように、アレルギーの原因検索として、元の物質でパッチテストを行っても、陽性反応を示さないことが多いです(→こちらこちら)。
なおかつ、その臨床症状は厄介です。苔癬型反応や肉芽腫型反応といってケロイド状に盛り上がってくることもあります。ステロイドは外用・局注とも一時的な効果しかなく、レーザーで分解するのが一番良いようなのですが、その過程で、レーザーによって断片化された色素がさらにアレルギー反応を増強させることもあります(下図)。
 
このアゾ色素によるアレルギー反応、医学文献検索すると、赤色色素での報告が多いです。海外からの輸入色素で、「非金属、MRIで安全」をうたう赤色系色素は、ほぼ全例アゾ色素含有と考えて間違いありません。たとえば、アメリカのアートメイク専門の色素メーカーであるKolorsourceは、使用している成分についてHP上にMSDSを挙げています(→こちら)が、酸化第二鉄以外の赤色色素は、D&C Red 6(赤色201号)とD&C Red 7(赤色202号)とD&C Red 33(赤色227号)の三種類で、全部アゾ色素です。同様、Biotouchの色素「Red」はPigment Red 273、「Japanese Red」と「Burgundy」にはPigment Red 57:1 (赤色201号)というアゾ色素が使われています(→こちら)。

アゾ色素によるアレルギーはすべての人に起きるわけではありませんが、いったん生じれば、MRIによる発熱やレーザー照射による黒色化よりもはるかに対処が困難です。これが、私が赤色色素として酸化第二鉄が一番無難であろうと考える理由です。

Pigment Red 210によると考えられたアレルギー反応の例。レーザー治療中に炎症が増悪している(分解産物によると考えられる)。幸い6回のレーザー治療で略治しています。(Gaudron S et al. Azo pigments and quinacridones induce delayed hypersensitivity in red tattoos. Contact Dermatitis. 2015 Feb;72(2):97-105.)

(2017/07/28記)

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鶴舞公園クリニック 院長 深谷元継

アートメイク色素の安全性についての考え方


鶴舞公園クリニックの今月のご予約受付は終了しました。次のご予約受付日は8月1日(火曜日、10:00-18:30)からです。7ヵ月後の来年3月分のご予約をお受けいたします。公平のためお電話のみのご予約とさせていただいております(直接来院してのご予約は受け付けておりません)。ご了解くださいm(_ _)m。
 
先回、酸化第二鉄(Fe2O3)や酸化チタン(TiO2)がレーザー照射で黒変する現象についてまとめました(→こちら)。
酸化第二鉄には、MRI検査によって発熱するリスクもあります。しかし、それらを考慮しても私は、アートメイクの茶色や赤色を出すためには、酸化第二鉄が、現状もっとも無難な素材であろうと考えます。今日はそのことについて書きます。
 
1 「FDAに認可されたアートメイク色素」は存在しない。

下は「FDA認可、アートメイク色素」で検索して出てきたクリニックのHPの一部です。例として借用しただけで、特別な意図はありません。このほかにも多数あります。



一読すると、とてもまともなことが書いてあるようにみえるのですが、私から言わせていただければ、これを書いた先生あるいはクリニックは、輸入代行業者の嘘を丸ごと信じて、これまで無資格者が施術していたのとまったく同じ知識のレベルでアートメイクをしているか、確信犯的に患者を誤解させて間違った安心感を与えようとしているか、どちらかです。
平成23年の国民生活センターのレポートの「5.海外の情報」にわかりやすくまとめられています(→こちら)。


「FDAに認可された安全なアートメイク色素を使っています」といった文言を見つけたら、それだけでそのクリニックは、少なくとも色素については無責任であると判断していいでしょう。
 
2、海外の色素はMSDS(製品安全性シート)の交付を受けておくとよい。
 
MSDS(Material Safety Data Sheet)とは「事業者が化学物質及び化学物質を含んだ製品を他の事業者に譲渡・提供する際に交付する化学物質の危険有害性情報を記載した文書」です。アートメイクを施術する医師またはクリニックは、海外製の色素を使用する際には、メーカーにこの製品情報を求めておくべきだし、それを発行しないメーカーの色素は使用するべきではありません。医師として、施術にあたって滅菌消毒に心掛けるのと同じくらいの最低限の注意義務だと私は思います。上記のクリニックのHPにおいても「メーカーからMSDSの交付を受けており、成分についてはしっかりと把握しております」といった記載であればまだ良かったのに。

3.MSDSの成分記載をどう読むか?
 
下は、アメリカのあるタトゥーインクメーカーが赤色色素である「CRIMSON RED」(→こちら)について発行しているMSDSの一部です。
成分についての記載があります。


色素成分は、C.A.S.#6655-84-1, 13463-67-7と、C.I.#12310, 77891です。

C.A.S.#6655-84-1は別名C.I. 12390 またはPigment Red 17です。一般名は3-Hydroxy-4-[(2-methyl-5-nitrophenyl)azo]-N-(2-methylphenyl)-2-naphthalenecarboxamide; 3-Hydroxy-4-[(2-methyl-5-nitrophenyl)azo]-N-(o-tolyl)naphthalene-2-carboxamidという物質で、構造式は下図です。
アメリカでは薬品(外用)および化粧品に認可されているようです(→こちら)。
 
C.I.#12310は別名C.A.S.# 6041-94-7またはPigment Red 2です。一般名は4-[(2,5-Dichlorophenyl)azo]-3-hydroxy-N-phenylnaphthalene-2-carboxamideで、構造式は下記です。


FDA  approvalのリスト(→こちら)に掲載されていないので、食品・薬品・化粧品への使用を認可されていない成分と考えられます。
 
13463-67-7と77891はいずれも酸化チタン(TiO2)です。酸化チタンは白色の色素で、色調を整えるためによく使われます。先回の記事の最初に引用した論文の症例のように、レーザーによって黒色化することがあります。
 
ここまでは読み取れるのですが、それでは、この赤色色素の主成分であるPigment Red 17とPigment Red 2を、タトゥーとして皮内に注入した時に、果たしてアレルギーや肉芽腫を生じる危険があるのか、あるとしたらどの程度の頻度で起こりうるのか、それが判りません。
Pigment Red 17のほうは外用医薬品および化粧品への添加がFDAによって認められてはいますが、これは最低限の安全性確認を済ませているというだけのことです。
たとえば、天然の赤色色素であるコチニールは、一部の人でアレルギーを生じることが判明しています(→こちら)が、FDAは食品・医薬品への添加を認めています(→こちら)。アレルギーは一部の人で起きるものであって、大多数の人にとっては問題ないからです。
 
4.アレルギーや肉芽腫のリスクは、MRIや黒色化のリスクよりも重視されるべき。
 
アートメイクというのは、皮内に色素(異物)を打ち込む操作です。アレルギーというのは、乳幼児の食物アレルギーでもそうですが、経皮感作といって、表皮内のランゲルハンス細胞と異物とが接触することから始まります。


ですから、アートメイクに用いる色素というのは、単なる皮膚表面への外用や食物添加以上に、アレルギーを起こさないよう気をつけなければなりません。工業的によく使用され、日常品に頻用されている色素であればあるほど、アレルギーを惹起したら悲惨なことになります。
しかし、アレルギーを惹起しにくい物質かどうか?の情報は、FDA認可のリストや、化学物質の構造式をいくら眺めても、出てこないのです。
 
ある物質がアレルギーを起こしやすいか起こしにくいかは、結局、医学的な症例の蓄積によります。たとえば、金属でも、ニッケルやクロム、コバルト、金や水銀はアレルギーを生じやすく、一方、鉄やチタンはアレルギーを生じにくいですが、これも過去の症例報告の蓄積から言えることです。化学物質についても、毛染めの成分であるパラフェニレンジアミンなど、アレルギーを起こしやすいことで皮膚科医の間で常識として知られているものもありますが、化学物質の数は膨大です。Pigment Red 17やPigment Red 2がアレルギーを起こしやすいのか起こしにくいのか、現時点では判りません。

そのような皮膚科学的な観点からは、酸化第二鉄にMRIで発熱するリスクがあるとか、レーザーで除去しようとすると黒色化するといった問題があるとしても、トータルで判断すると、昔から使用されていてアレルギーの報告の無い酸化第二鉄を赤色の主成分と置いたほうが、医師としては、よほど安心だし責任が持てます。MRIや黒色化の問題は、万人で生じる予想可能なリスクであり、インフォームドコンセントが取れるからです。
 
例えばですが、天然の赤色色素であるコチニールで、アートメイクをすれば、MRIの問題も黒色化の問題もクリアしますし、天然素材ということでイメージもいいでしょう。しかし、私(を含む皮膚科医)の感覚では、とんでもない暴挙です。すでに、一部の人でアレルギーを惹起することが判っており、FDAにも認可されて生活環境にあふれている色素です。アートメイクでわざわざ経皮感作を誘導したとしたら、医師として悔いても悔やみきれません。


5.新しい色素の探索は必要。

もっとも、だからと言って、新しい非金属でアレルギーや肉芽腫を生じにくい色素を探求する姿勢を否定するつもりはありません。Pigment Red 17やPigment Red 2にしろ、タトゥーやアートメイクでの施術例が増えて、しかしアレルギーや肉芽腫を起こしてこないことが症例蓄積によって明確になってくれば、酸化第二鉄よりも良い赤色系の色素ということになるでしょう。
 
私も理事を務める医療アートメイク学会の理事長である東京皮膚科形成外科の池田先生は、積極的に世界中のメーカーから色素の情報を収集したい意欲に燃えていますし、もう一人の理事である東海大学形成外科の河野先生は、レーザーの専門家という立場から黒色化をきたさない色素を見つけたいという意向が強いようです。それぞれの立場から意見交換をしつつ、力を合わせて、しかし妥協はせずに、研究開発を進めていきたいと思います。
 (2017/07/26 記)

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鶴舞公園クリニック 院長 深谷元継

アートメイクにレーザーを照射した際の黒色化(darkening)について


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タトゥーを除去する目的でレーザーを照射すると、ときに予想外の黒色化をきたすことがあります。除去しようとしたのに、かえって色が濃くなってしまうので、患者さんはびっくりします。
繰り返しレーザーを照射していけば、反転して薄くなっていきます。
 
Bae YS et al. Successful treatment of paradoxical darkening. Lasers Surg Med. 2016 Jul;48(5):471-3.から引用。赤い花弁が黒色化しているのがわかります。繰り返し照射することで消えています)
 
どうしてこういうことが起きるかというと、色素として用いられている酸化第二鉄(Fe2O3)などの酸化金属が、レーザーのエネルギーで還元されて黒色になるためです(→こちらに解りやすい実験がのっています)。



タトゥーの施術では、赤や黄、緑、青といったきれいな色にグラディエ―ションを付けてデザイン性を高める目的で、白色色素(酸化チタンTiO2や酸化亜鉛ZnO)を混ぜることがあります。すると後日、これをレーザーで除去しようとすると真っ黒になってしまいます。
眉やアイラインでも同様のことは起こります。

下図は実際に私が経験した例です。お顔全体のしみ取りを希望して来院された方で、眉の上にも一個しみがあったので、Qスイッチレーザーを照射したところ、その部が黒色化しました。昔やったアートメイクが残っていて、その色素と反応したためと考えられます。


上図はレーザー照射直後です。黒色化は直後にわかります。下図は一週間後です(拡大像)。痂疲が取れたあとにも黒色化は残っています。

最初に引用した文献のようなタトゥーの黒色化の場合は、タトゥーそのものを除去するのが目的ですから、繰り返しQスイッチレーザーの照射を繰り返せばよいですが、こういった場合は、アートメイクを消すことが目的ではないですし、色素が入っている範囲は小さく浅いので、私は小さなほくろを除去する要領でCO2レーザーで削り取っています。

擦り傷が治るように、だいたい2~3週間で痕を残さず治癒します。
 
さて上の例ですが、残存していた赤色色素(酸化第二鉄でしょう)の黒色化にしては、ちょっと黒くなりすぎです。
おそらく酸化チタンなどの白色色素を混ぜた色素であったと私は推測します。
実際に酸化亜鉛ZnO、酸化チタンTiO2、酸化第二鉄Fe2O3、およびこれらを混合したものを作製して、波長・パルス幅・フルエンスを変えて、レーザーを照射してみました。


白色色素をアートメイク色素に混ぜる目的は、クリーミーで上品な色合いを出すためです。海外から個人輸入されて使われているアートメイク色素には、仕上がりの綺麗さを演出するため、白色色素が混ぜてあるものが多いです。
 
私が現在販売しているアートメイク色素(→こちら)は、後日レーザー照射をして除去したい場合の黒色化が嫌なので、白色色素は加えていません。私が現在販売しているアートメイク色素の「赤茶」に、白色色素を加えていくと、下図のような色調になります。クリーミーで明るい、若い人好みの色合いになります。

右端に一か所づつレーザーをスポット照射してあります。白色色素を加えると、どうしてもレーザー照射後の黒色化が目立ちます。白色色素を加えない、カーボンブラックと酸化第二鉄だけで調色した色素(「赤茶」)でも、酸化第二鉄が入ってますから黒色化は起こりますが、白色色素が添加された場合よりは目立ちません。
 
しかし、仕上がりの色合いの好みを考えると、白色色素、とくに酸化チタンTiO2を加えたものも用意したほうがよいのかもしれないという気が最近してきました。それは施術する女医さんたちの要望によります。「これまで使っていた輸入色素のような明るい若い人向きの茶色は出来ないの?」と聞かれるからです。


白色色素で調色したい場合は、近日、上図のようなものを用意しますので、これを既存の黒―茶―赤の5色のラインに混合して、お好みの色合いにしてください。ただし、「後日レーザーで除去したくなったときには、一過性に黒色化することと、多くの回数のレーザー照射が必要となります」といったインフォームドコンセントを必ず取ってくださいね(色素にインフォームドコンセントのひな形の用紙を添付しておきます)。

白色色素は、ご要望にお応えして、近日販売サイトにUPする予定です。しかし、茶―赤系色素は、皮膚科医としてアレルギーなどのリスクを考えると、酸化第二鉄Fe2O3抜きには作成しかねるのですが、白色色素というのは非金属で何か適当なものがあるかもしれません(まだ十分に調べ終えていません)。より安全な白色色素が用意出来たら置き換えますので、なんとか、酸化チタン、酸化亜鉛を使用しない現在の色素で、対応して頂ければ幸いです。


安全性の高い国産の色素の普及キャンペーンとして用意したバナーです。先生方のHPなどに貼付してご活用ください。色素の販売サイトは→こちら  
 (2017/07/22 記)

鶴舞公園クリニック 院長 深谷元継

ピコ秒レーザーはなぜ低出力でしみが取れるのか?(その6)


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先回(→こちら)のさらに続きです。ピークパワーをコップの大小で例えるところが、いまひとつしっくりこないので、ちょっと書き直してみました。



左がピコ秒レーザーで、右がナノ秒レーザーです。ピコ秒レーザーはメラニンに高い電場を与えることが出来るので、電子の蓄エネルギー能力が高くなります。ピンク色のバー一本をひとつのエネルギー単位と考えて、ピコ秒レーザーではメラニンが6本の蓄エネルギーが出来るとしましょう。ナノ秒レーザーでは3本の蓄エネルギーしか出来ないとします。
メラニンは細胞内小器官であるメラノソーム内にあります。メラノソームの熱緩和時間は50ナノ秒です。従ってナノ秒レーザーでも、もちろんピコ秒レーザーでも、メラノソームの外までは熱損傷を起こしません。しかし、メラニンで吸収され蓄えられたエネルギーは、メラノゾーム内で、メラニン近傍の水分などには伝わります。近傍に、ピンクのバーが3本たまると、その部の水分が気化して、しみが確実に取れる徴候であるIWP(immediate whitening phenomenon)を起こすとします。
ピコ秒レーザーでは、メラニンは6本の蓄エネルギーをしたのち、一気に近傍に放出しますから、近傍の水分は直ちに3本のエネルギーを得て気化します。
一方、ナノ秒レーザーでは、メラニンが3本の蓄エネルギーをしたのち、4本目が近傍に放出されます。5本目も同様ですが、ピコ秒レーザーに比べ、照射時間が長いので、エネルギーはさらに近傍の近傍へと拡散します。結局、近傍に3本のエネルギーが貯まるまでには、エネルギーの総本数は8本必要という感じです。
ピコ秒レーザーの場合は、エネルギー6本で速やかに近傍の水分が気化しましたが、ナノ秒レーザーの場合は、エネルギー8本を要しました。これが、「ピコ秒レーザーでは、ナノ秒レーザーよりも低出力でしみが取れる」ことの、私なりの解釈です。私がもうちょっと賢ければ、数理モデルで記述できるんでしょうが、直観的には以上のような感じです。

さて、話続けます。というよりも、今回はここからが本論です。
しみ取りは、低出力で出来るので、お客さんの痛みも少なく調子が良いのですが、ADM(Acquired Dermal Melanocytosis)とか、大田母斑とか、深いところにあるメラニン色素をとる場合には、ピコ秒レーザー、しみを取る時のような低出力では効かないようなのです。これはこの2ヵ月ほどピコ秒レーザーを使ってみた私の経験からです。
C6やMedliteⅡといったナノ秒レーザーと同じ出力(フルエンス、J/cm2)でなければ取れません。
ピコ秒レーザーがナノ秒レーザーに劣るということではありません。まったく同じなのです。
 
説明は一応可能です。レーザー光というのは、皮膚に当てた後、指数関数的に強度が減衰します(ランベルト・ベールの法則)。
下に図示したように、メラニンがレーザー光によって蓄エネルギー性を有するにためには、そのレーザー光が十分に強くなければなりません。皮膚の深くへ進むにつれて、レーザー光は減弱します。しみ取りの深さでは、ピコ秒レーザーのピークパワーは十分高かったのですが、ADMの深さでは低くなってしまい、ナノ秒レーザーと同様、フルエンス値に依存してくるのでしょう。

上記の私の仮説に従えば、タトゥーの取り方にも、これまでの通説に補足が必要と言うことになってきます。
私のクリニックには、タトゥーを取るお客さんはあまり来ないので、臨床経験に裏打ちされた話ではありません。そこは断っておきます。あくまで私の推測です。
 
タトゥーに用いられる色素は、成分も粒子径も様々です。ピコ秒レーザーには光力学的効果(photodynamic effect)がありますので、金属やカーボンのような硬い色素、とくに粒子径が大きい色素に対してはメリットがあります。ナノ秒レーザーよりも良く取れます。
しかし、有機系の柔らかい色素、あるいは金属やカーボンでも粒子径の細かい色素によるタトゥーの場合、除去にはナノ秒レーザーと同じフルエンスが必要となるはずです。タトゥーはADM同様、深い部分に色素が入っているため、ピコ秒レーザーでしみを取るときのような低フルエンスで除去できるという特性が生かせないからです。
タトゥーによって、ピコ秒レーザーのメリットが活きる場合と、ナノ秒レーザーで取った場合と変わらない場合があるのではないか、というのが私の推測です。
この点、タトゥーをピコレーザーで取る経験の多い先生の印象をお聞きしたいところですね。誰かブログで書いてくれないかなあ。
(2017/07/20記)

鶴舞公園クリニック 院長 深谷元継