上まぶたの手術で失明するリスクー球後出血について


東京から何度も足を運んで、見学に来てくれる眼科の女医さんがいます。先回の「目周りの若返り」という私のブログ記事(→こちら)を読んで、

「眼科では、上まぶたの手術のときに脂肪を除去すると、球後出血を起こして失明するリスクがあると言われているのですが、その心配は無いのでしょうか?」

と質問がありました。

私「・・そうなのですか??球後出血っていうのは、外傷や、昔行われていた球後麻酔のときの稀な合併症だと思っていました。先生、実際にそういう症例をみたり聞いたりしたことがあるんですか?」
女医さん「いえ、私も教科書に書いてあるのは知っていますが、実際に症例をみたことがないので、深谷先生ならご存知かと思って聞いてみたのですが・・。」
私「すみません、その教科書、私も勉強したいので教えて下さい。」


こちらの本でした。
著者は、愛知医大眼科准教授の柿崎裕彦先生です。


Pubmedで検索してみると、確かに眼瞼手術後に球後出血を起こして失明したという症例報告がいくつも出てきます。2011年にはアメリカ美容形成外科学会(ASAPS)とイギリス形成外科学会(BAAPS)に所属する全医師にアンケートが行われており(→こちら)、75万例の眼瞼手術のうち、25例で永久的な、14例で一過性の視力低下が起きたそうです。率にすると、永久的0.0052%(2万例に1例)、一時的0.0019%(5万例に1例)です。学会が会員に対して行ったアンケートですから、形成外科医が施術しています。「専門医なら安全」というものでは決してありません。

びっくりしました。ほかの眼科の先生にも聞いてみたのですが、日本では、眼瞼手術後の球後出血、実際にみたことも、どこかでそういう症例があったという話を聞いたこともないそうです。そもそも球後出血自体、知識として知ってはいるが、症例として珍しいようです。

それで、日本語の医学論文の検索サイトでも調べてみました。こちらは、まったく論文が見つかりません。日本でも、眼瞼手術は多く行われていますから、2万例に1例の合併症なら、報告が複数あっていいはずです。

なぜ日本では報告されていないのだろう??・・

ひょっとしたら、この眼瞼手術後の球後出血、欧米では報告があるけれど、日本やアジアの人では起きにくいものなのかもしれません。欧米人と日本人やアジア人とでは、目周りの構造がずいぶん違います。現時点では私はそう考えています。柿崎先生は、著書の冒頭にも記していらっしゃいますが、欧米の英語論文を可能な限り渉猟して、この教科書をまとめたということのようですので、球後出血のリスクが強調されたのではないでしょうか。

球後出血について図で解説します。左の青丸が眼窩内の余剰脂肪で、ぷくっとした膨らみで美容的に除去すべきものです。これを切除する際に小動脈を損傷して多く出血しますと、右のように血液が奥に流れて視神経を圧迫し、視力低下・失明をきたすことがあります。これが球後出血です。

出血の流れが、奥に行くことによって生じますので、欧米人のような奥まった堀の深い眼では生じやすいと考えます。日本人の場合は目周りが平べったく、出血してもその血液は前に流れるでしょうから(下図)、欧米人よりもこの合併症は生じにくいと考えます。


臨床的には、内出血して腫れても、瞼が腫れて目が開きにくいような腫れかたであれば、血液は前に流れていますから、球後出血は起きにくいと思います血液が奥に流れると、眼は見開いたように飛び出してきます。この場合は球後出血を疑わなければなりません

上眼瞼手術の際に、眼窩内脂肪は極力愛護的に扱うべきというのは、柿崎先生と意見が同じです。とくに球後出血を意識していたわけでは無く、美容的な意味で内出血をなるべく起こさないようにという配慮なのですが、柿崎先生の著者を読んで冷や汗をかきました。私なりの工夫を記しますと、まず眼窩隔膜の下にたっぷりの局麻剤を風船を膨らませるように注射します。すると、局麻剤の中に脂肪がふわふわと浮いたような状態になりますので、次に隔膜を切開してやると、余剰脂肪が飛び出てきます。これを切除しますので、決して引っ張る操作は行いません。

私も、日本で暮らす欧米人の上まぶたのたるみ取り手術をしたことがあります。仮に日本人では起きにくい合併症であっても、柿崎先生の警鐘の価値は減じません。ありがとうございましたm(_ _)m。

もう一点、上まぶたの手術ではなく、下まぶたの脱脂手術(目袋取り)ではどうかというと、どうも上まぶたよりは問題が少ないようです。解剖学的に下まぶたの脂肪というのは、後方と隔壁があるという報告がありますので(→こちら)、そのためかもしれません。

上記論文中の写真。下まぶたの脂肪に青色の色素を注入しても、後方の脂肪には到達しない。赤矢印で示す隔壁の存在のため。

最初に記した、うちのクリニックに何度も通って手術の見学に来ていただいている熱心な眼科の女医さんは、緒方眼科クリニック(→こちら)の緒方有香先生です。当院では新規受付を中止している目周り手術全般についても、対応してくださいますので、東京方面のかた、おすすめですよ。

とくに「切らない眼瞼手術」については、結膜側操作であるため、ときに糸の端が角膜に細かい傷をつけることもあります。眼科の先生であれば、そういった際の検査や対応もお手のものです。柿崎先生の著書を読んで、つくづく思いましたが、目周りというのは、美容だけではなく、視機能が関係してくることがありますので、眼科の先生が形成・美容的な手技を習得して施術するというのが、一番正道であろうと思います。または、眼科以外の先生が施術する場合には、眼科の先生と仲良くして連携を保って、眼科の文献や書籍も見落とさないように勉強していかなければなりませんね。
(2016/01/14 記)