やや大きなほくろの取り方―皮弁による方法


 ほくろの取り方には、炭酸ガスレーザーによる方法(→こちら)と QスイッチYAGレーザー(1064nm波長)による方法(→こちら)があることを解説しました。
 これらはいずれもレーザーを用いて取る方法ですが、昔ながらのというか、外科的に切除して縫い合わせる方法のほうが、きれいに仕上がる場合もあります。それは、ほくろが、やや大きい(盛り上がっているかどうかではなく、面積が広範囲ということ)場合です。
 今回は、うちのスタッフのお孫さんの首のほくろを何とかしてくれ、と頼まれたので紹介します。

こんな感じの顎下にあるほくろです。QスイッチYAGレーザーで取れる深さではないし、炭酸ガスレーザーだと、この大きさでこの部位は、瘢痕が残るでしょう。

それで外科的に切除したあと、皮弁を回転させて、修復することにしました。上図はデザインです。

手術が終わったところ。

ちょっと解りにくいと思うので解説します。上のイラストのように、皮膚を回転させて、ほくろを取ったあとの創面をパッチワーク的に覆ったわけです。この方法(回転皮弁といいます)だと、単純に紡錘形に切って縫い合わせるよりも、傷の長さが短く済み、跡が目立ちません。



一週間後、抜糸前です。


 1ヶ月後です。縫い合わせた跡はまだ赤いです。テープのあとが正方形に見えますが、術後(抜糸後)は、最低6ヶ月、できれば2年くらい、テーピングをして、皮弁の収縮による盛り上がりを予防します。
こんな感じです。

これは4ヶ月目。赤みもとれてきて、皮弁の収縮による盛り上がりもなく、良好な経過です。この経過なら、たぶん一年もすれば、まったく傷はわからなくなることでしょう。

 さて、今回紹介した、皮弁によるやや大きなほくろの形成手術ですが、実は、当院のメニューとしては掲げてないです。

 というのは、この大きさのほくろであれば、形成外科の専門医の先生のところに行けば、たぶん「あざ」として、保険診療の適応があるだろうからです。

 眼瞼下垂の手術についての私のポリシーの記事(→こちら)中でも書きましたが、私は、保険診療の適応がある手術については、形成外科の専門医の先生にお願いすることにしています。わたしが、今回、スタッフのお孫さんの写真で紹介したのは、あくまで、やや大きめのほくろは、外科手術のほうが綺麗に治る場合がありますよ、という情報提供のためです。

 私が、保険診療を掲げない理由のひとつに、私がもともと皮膚科医(皮膚科専門医)だから、という事情があります。

 単に技術的な側面からは、こういった皮弁形成の手術などは、総合病院に長く勤務していた皮膚科医であれば日常的な手術ですから(もっとも最近は形成外科と皮膚科の分担がかなりはっきりしてきて、粉瘤(アテローム)手術さえ、皮膚科医は手を出さず形成外科に送るという話も聞きますが)、やろうと思えば、普通にできますし、必ずしも形成外科の先生に腕が劣るとも思いません。

 しかし、保険診療という問題があります。保険診療の仕組みは、ご存じない方が多いと思いますが、各科ごとに、患者1人あたりの点数の平均(患者単価)という目安があって、それが他の医師たちと比べて極端に高いと、是正指導があります。

 形成外科の開業医は、手術が多いでしょうから、患者単価は一般的に高くなります。皮膚科は手術をしない先生が圧倒的に多いですから、患者単価は低いです。そのような状況で、皮膚科を標榜して開業して手術を行えば、その先生の患者単価は、ほかの皮膚科医たちに比べて極端に高くなりますから、厳しい是正指導があります。

 結果的に、仮に総合病院で皮膚外科的なことを多く手がけていて腕に自信のある皮膚科の先生も、開業後は手術からは離れざるを得ません。そういう仕組みなのです。

 これは、一般の人、患者たちにとって、必ずしも不都合な仕組みではありません。
 皮膚悪性腫瘍など、皮膚科がイニシアティブをとって手術を行ったほうが良い皮膚外科的な領域はたしかにあります。そのような患者は総合病院の皮膚外科を受診すればいいし、私が今回紹介した、やや大きなほくろの皮弁形成手術などは、開業した形成外科専門医の先生が担当すればいいです。
 わたしのような皮膚科専門医の先生は、多少腕に覚えがあっても、手術以外の一般皮膚科で開業するか、保険診療でカバーされない領域についての自由診療で開業すればいいです。皮膚科を標榜する開業医が、わざわざ保険診療の小手術に力を入れるメリットは、医師の側にも社会にもありません。

 保険診療をも行っているにも関わらず、「当院でのほくろの手術はすべて自由診療です」とうたっている皮膚科のクリニックがありますが、以上のような事情を反映しています。今回わたしが紹介したスタッフのお孫さんのような、形成外科に行けば公的健康保険の適応となるような症例をも、自院の平均点数を下げるために、自由診療に誘導する傾向が出てしまいます。

 粉瘤(アテローム)や脂肪腫、やや大きなほくろの皮弁手術など、公的健康保険適応のある小手術は、形成外科を標榜するまっとうなクリニックで受けることを、わたしはお奨めします。それが正しい社会の仕組みだと考えるからです。
(2012年8月5日記)