多血小板血漿10:成長因子入りPRPで硬いしこりを生じるメカニズム


多血小板血漿9は(→こちら
 

 上の「質問」は、日本美容外科学会(JSAPS)が運営する患者相談掲示板(→こちら)からの引用です。セルリバイブジータというのは、すでに解説しました通り(→ここ)、成長因子をPRPに加える施術法です。

 下は、以前にも引用した、このようなケースにおける宮田先生の治療経験の記述です(→こちら)。貴重な記録です。


 このような脂肪組織内の「硬いしこり」はなぜ出来るのでしょうか?PRPについて文献検索をしているうちに、気が付いたことがあるので、それについて記します。

 今回の記事は、PRP療法を施術なさっているお医者さんに向けての情報発信です。なので、やや専門的で、一般のかたには解りにくい内容かもしれませんがご容赦ください。また、具体的な症例も、順次UPしていきますから(^^)。

 成長因子入りPRPで、上のような「硬いしこり」が生じる原因は、血漿中のコルチゾールにあると、私は考えます。


(1) 血液中と組織中とでは、生理的なコルチゾールの濃度が異なります。例えば、熱傷患者の血漿および組織中のコルチゾール濃度を調べた下の論文では、血漿中総コルチゾールは8.8μg/dlで遊離コルチゾールが1.7μg/dlに対し、組織中コルチゾールは0.74μg/dlでした。

Measurement of tissue cortisol levels in patients with severe burns: a preliminary investigation.Cohen J et al, Crit Care. 2009;13(6):R189. Epub 2009 Nov 27.

 対照として測定された健常者の組織中コルチゾールは0.20μg/dlです(熱傷患者の組織コルチゾール値は亢進している)。組織中コルチゾール値は、血漿コルチゾール値の数十分の一と考えていいです。血中にストックされているコルチゾールは担体と結合していて、必要に応じて、組織に供給されるという仕組みです。


(2)成長因子入りPRPの「成長因子」はフィブラストスプレー(bFGF)です。PRPには複数の成長因子が含まれます(主作用はPDGFによると考えられます)。これら、bFGFやPDGFといった成長因子が、皮膚や皮下組織の何に作用するかというと、皮膚(真皮)ではfibroblast(繊維芽細胞)、皮下組織では、adipose-derived stromal cell(ADSC:脂肪由来幹細胞)と考えられます。

 Fibroblastはすでに分化した細胞であり、これに成長因子が作用しても、単に増殖するだけですが、ADSCは未分化なので、増殖と同時に、分化が始まります。どのような細胞に分化するかは、周辺環境、すなわちin vitroでいうところの「培養条件」によります。

 ADSCはいろいろな細胞に分化させられる可能性があり、まさに研究がホットな領域ですが、いちばん分化しやすいのは、脂肪細胞と骨芽細胞(osteoblast)です。Osteoblastは、骨を形成する元になる細胞で、カルシウムを蓄えて石灰化の原因になります。

 ADSCをosteoblastに分化させる培養条件として重要なものにdexamethasone(コルチゾールと同じ副腎皮質ステロイド)のの添加があります。至適濃度を調べた研究があり(下の論文)、1×10(-8)mol/Lあたりの濃度のようです。

Experimental study on osteogenic differentiation of adipose-derived stem cells treated with different concentrations of dexamethasone. Wang W et al, Zhongguo Xiu Fu Chong Jian Wai Ke Za Zhi,2011 Dec; 25(12):1486-92

(3)健常者の血中コルチゾール値は、日内変動がありますが、早朝のいちばん高いときで、12μg/dlくらいです。分子量は362です。mol/Lに換算すると、3×10(-8)mol/Lになります。Osteoblastに誘導する至適濃度に近いです。

 
 ということは、bFGFを血漿とともに皮下脂肪に注射すると、ADSCをosteogenic(骨化)の方向へと分化させ、石灰化を起こす可能性があるということになります。

 おそらく、PRPあるいはPDGFでも同じでしょう。しかし、不幸中の幸いというか、市販のPRPキットは、血小板濃縮能力が必ずしも高くないですから、問題にならなかったのだろう、と推測します。

 bFGFそのものは、分化の方向性を決めるものではなく、増殖を加速するもののようです。しかし、これを血漿とともに、脂肪内に注入するのは、血漿中のコルチゾール濃度がOsteogenicな分化に導く濃度ですから、避けたほうが賢明です。札幌医大の小野先生らの論文で、「硬いしこり」が問題となっていないのは、小野先生らはbFGFを血漿とまぜて注射していないからでしょう。

 血漿は凝固するとゼリー状のフィブリン塊になります。この中には、コルチゾールが血漿中濃度のまま閉じ込められており、体内で線溶系の働きで溶かされるにつれて放出されます。ですから、その近くにADSCがあった場合には、まさにosteogenicな分化のための培地のような環境になっている可能性があります。
 bFGFとPRPとを混ぜて注射した場合には、まずbFGFがADGFの増殖の引き金を引き、次いでフィブリン塊から徐放されるコルチゾールが、osteogenicな分化に導く可能性がある、っていうことですね。


 以上は、文献から考察されることで、いわば「仮説」です。検証のためには、動物実験で、コルチゾールあるいは血漿の希釈系列を作って、bFGFとともに脂肪中に注射し、その部位の石灰化の有無を確認するといった実験が望ましいです。ただし、成長因子入りPRPによる「硬いしこり」の発生頻度は必ずしも多くなく、限られた個体数の動物実験でどのくらい再現できるかは不明ですが。

 しかし、私がここで、ほかの美容外科の先生がたに、わたしの考えを情報発信しておきたいと考えた理由は、私の仮説は、いろいろな問題の解決あるいは防止に役立つかもしれないと考えるからです。

 脂肪注入による豊胸術で、ときに石灰化が問題となります。あれは、吸引した脂肪から、血液をよく洗い落とすことで予防できるのではないか?脂肪をコルチゾールを含む血液と注入してしまうために、その中のADSCが増殖・分化して、骨芽細胞様となり、カルシウムを沈着するのかもしれません。

 また、脂肪組織中から幹細胞(ADSCのこと)を取り出し、静脈内に注射して、傷ついている個所の修復に当たらせるという考えの再生医療が始まっています。ADSCを血中に入れたら、血中のコルチゾールのために、Osteogenicに分化して、どこかの石灰化を来たすだけの結果となるのではないだろうか?

 私は、現在、プロスタンジンにより血小板の一次凝集を抑える方法によって、高濃度のPRPの作製に成功し、症例を増やしつつあります。このPRPの注射において、注射部位すなわちtarget cellは、真皮のfibroblastと皮下脂肪のADSCの二つがあるわけですが、少なくとも皮下脂肪に打つ場合は、採取した血小板を、2回目の遠心のあと、血漿ではなく生理食塩水によって再浮遊させたものを用いたほうが安全と思われます。
 血漿による再浮遊には、注射後に凝固系の亢進によるフィブリン塊を作って、そこに血小板を閉じ込めておいてゆっくり時間をかけて放出させるという、徐放効果が見込めます。また、真皮のターゲットである繊維芽細胞は未分化ではありません。なので、真皮内に注射する場合は、これまで通り血漿を用いていいかもしれません

 しかし、皮下深いところ(脂肪組織)に注射してふくらみ・ボリュームを出そうとすれば、ADSCの脂肪細胞への増殖・分化に期待するわけですから、この場合は、生理食塩水に置換したほうがよさそうです。(1)に記したように、組織中コルチゾールは血中の数十分の一ですから、血小板の沈殿に多少血漿が残っていても、生理食塩水で数十倍に希釈すれば、コルチゾール濃度は組織中と変わらなくなり、骨への分化は起こりにくいはずです。

 最初に引用した、日本美容外科学会の掲示板での回答には、「成長因子入りのPRPでふくらみすぎた場合は、ケナコルト(デキサメサゾンやコルチゾールと同じ副腎皮質ステロイドです)注射がよい、という回答が複数ありますが、慎重に考えたほうがいいと思います。なぜなら、bFGFで増殖中のADSCにケナコルト(副腎皮質ステロイド)を作用させれば、濃度によっては、一部が骨化(=石灰化)する可能性があるからです。脂肪に分化した過剰な組織は、アキュスカルプやリポレーザーをうまく使えば修正可能かもしれませんが、骨化(石灰化)は除去が難しいです。
 実のところ、副腎皮質ステロイドは、高濃度ではadipogenic(脂肪細胞分化)へと働くようです。下の論文に、ADSCをosteogenic および adipogenic に分化させるための培地組成の記述があります。

Autocrine fibroblast growth factor 2 increases the multipotentiality of human adipose-derived mesenchymal stem cells. Rider DA et al, Stem Cells. 2008 Jun;26(6):1598-608. Epub 2008 Mar 20.

dexamethasoneの濃度は、osteogenic mediumでは10nM(=1×10(-8)mol/L)で、adipogenic mediumでは1μM(=1×10(-6)mol/L)です。血中濃度の100倍のステロイドは骨分化ではなく、脂肪分化に働くようです。
 ケナコルト(トリアムシノロン)の分子量は434ですから、1μM=4.34×10(-4)mg/mLです。筋注用ケナコルトA(40mg/mL)の1万倍希釈にあたります。10nMは100万倍希釈にあたります。
 肥厚性瘢痕にケナコルトを注射するときには、だいたい4倍くらいに希釈して用います。回答者の先生がたは、それと同じ感覚で答えているのだと思われますが、これが周辺に拡散して消えていく過程で、1万倍、100万倍希釈を通過します。その濃度になると、ケナコルトは、脂肪分化、骨分化(石灰化)に働くということです(追記参照)

 Adipogenic medium の組成には、4.5g/L glucose や、10μg/mL insulin とあります。これらは注射用製剤がありますから、上で記した生理食塩水に置き換えた多血小板液を皮下脂肪に注射する際に、添加してやると、さらに骨化、すなわち「硬いしこり」の発生を抑えることが出来るかもしれません(下の写真と解説参照)

 以上、仮説ではありますが、いろいろ示唆に富むし、大切なことだと思うので、ここにまとめてみました。とりあえず、現在成長因子入りPRPを施術なさっている先生がたにおかれては、それでもbFGFと血小板との同時注射にこだわるということであれば、PRPから血小板のみを遠心沈殿させ生理食塩水で希釈し、そのうえでbFGFを混じたほうが、「硬いしこり」のトラブルは少なくなりそうですよ、と忠告進言申し上げます。効果は同じはずです。
 あるいは逆に、血中濃度の100倍相当のデキサメサゾン添加でもいいかな?しかし、フィブリン塊から溶出されるときに、希釈されて1倍になる可能性否定できないから、生理食塩水置換のほうがより安全な気がします。添加するなら、インスリンおよびグルコースでしょうね。生食にグルコースとインスリンを混ぜたもので血小板再浮遊させて用いるといいのじゃないかな?

 5%ブドウ糖注射液と、インスリン製剤であるヒューマリンNとを用いて、4.5g/Lグルコース・10μg/mLインスリン加生理食塩水(「G I 加生食」と呼ばせてください)を作って、遠心で沈殿させた血小板を再浮遊させてみました。
 血小板濃度は300万/μLと高いですが、血漿ではないのでPRP(platelet rich plasma)とは言いにくい。PRS(platelet rich saline)とでも申しましょうか。色調は米の研ぎ汁のような乳白色(血小板および少量の白血球の色です)に、残留した少量の赤血球の色がかかったピンク色です。血漿の黄色みは無いです。2回目遠心前の血漿は黄色で赤みはまったくありませんでした。(1)濃縮されたため、(2)血漿の黄色みによって残留赤血球のピンク色がカモフラージュされていたのが消えたため、に赤みがかるのでしょう。さらにもう一度軽い遠心をかければ、赤血球はすぐ沈殿するだろうから、赤みのまったくない乳白色のPRS液に仕上げられると思いますが、そこまでするメリットを思いつかないので、このまま使用します。
 実際に皮下脂肪織に打ってみると、凝固せずフィブリン塊が出来ないので、1時間もすれば「腫れ」は退いてしまいます。血小板はフィブリン塊にトラップされて徐々に放出されずに、組織のコラーゲンと接触して一気に活性化して顆粒を放出し、局所のPDGF濃度は一時的ながらも非常に高くなるはずです。
 インスリンとブドウ糖もまた、すぐに吸収されるであろうから、添加することに意味があるかどうか不明ですが、さほど手間がかかることでも無いので(生理食塩水20mlにヒューマリンN0.05mlと5%ブドウ糖1.8mlを加えてよく混ぜれば出来上がり)、気休め程度かもしれませんが、確実なadipogenicな分化のために、添加をお勧めしておきます。
 
追記:日本美容外科学会の質問・回答の中に、興味深い記述を見つけました(→こちら)。


 「シコリを疑うときは迷わずケナコルト注射でリセットする」というのは、ADSCがosteogenicな分化を始めた気配があったら、ステロイドの量を増やして(上記のように血漿濃度の100倍量でadipogenicに傾きます)分化を調節してやるといい、と解釈できます。
 この場合、あまり高濃度だと、正常脂肪織の萎縮をもきたしますから、ケナコルトは1万倍希釈あるいはそれよりやや濃いくらいが適正、と考えられます。
 しかし、見極め・調節は非常に難しいでしょう。「シコリ」がadipogenicな分化(脂肪の増大)であった場合には、1万倍濃度だとかえって過剰なふくらみを加速させかねません。
 また、どうせなら、ケナコルト注射とともに、グルコースやインスリンも加えておいたほうが気が利いています。むつかしい話じゃないです。ケナコルトの希釈を上記の「 G I 加生食」で行うだけのことです。adipogenic mediumに近い組成のものを、osteogenic分化が疑われる箇所に連日注射してやるとよい。仮に「しこり」がadipogenicな増大であったとしても、osteogenicさえ回避させれば、過剰な脂肪であればアキュスカルプやリポレーザーで、まだ対処しやすいでしょう。

多血小板血漿9:PRPは首の鳥肌のような肌質改善に効く+文献考察


多血小板血漿8は→こちら
多血小板血漿10は→こちら
 
 これを書いているのは、2012年の4月です。今年の始めに、他院での成長因子入りのPRP療法で肌に凹凸ができた方の相談を受けてびっくりして、いろいろ調べているうちに、探究心に火がつきました。

 成長因子無しのまっとうなPRP療法は本来とても安全なはずです。これで結果を出してみようと頭をひねって、実際にうちのスタッフたちにいろいろ工夫したPRP療法を試し始めて2ヶ月過ぎました。先回紹介した、

(1)瘢痕部の凹みには効く(盛り上げる力がある)→こちら

というのは、ひとつの成果です。

もうひとつ、

(2)首の鳥肌のような肌質改善に効く

という効果も確認できました。写真を示します。

術前です。

 PRP液は、成分採血機で大量に採取して(→こちら)首全体に注射しました。このときの血小板濃度は計数していませんが、成分採血機による採取ですから、100万個/μl以上はあったはずです。そのPRP液を20ml首全体に打っています。市販のキットに換算すると10キット分です。

 1ヵ月後。

 2ヵ月後。

拡大するとこんな感じです。

 鳥肌様のぶつぶつは、うぶ毛の毛嚢にあたります。加齢とともに真皮のコラーゲンが薄くなってきて、しかし毛嚢はそのままの大きさなので、鳥肌様に目立ってきます。

 PRPを注射すると、眠っていた繊維芽細胞が分裂増殖を始め、繊維芽細胞はコラーゲンを産生して、鳥肌様のぶつぶつの間が埋まっていきます。それはゆっくりなことで、2ヶ月くらいかかるわけです。

 この効果は、さすがにヒアルロン酸では出せません。いくら上手に打てる自信のある先生でも、無理でしょう。

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 そろそろ、結果も出てきたし、血小板凝集抑制剤にプロスタンジンを用いることで、安定して高濃度のPRP液を、自在に作ることが出来るようになったので、うちの診療メニューに加えていこうと思います。

 初回5万円、2回目以降1回3万円です。上の写真のスタッフの首の施術で計算すると、注射したPRPは20mlで、1回2mlの注射の10回分に相当しますから、トータルで回数券2枚、30万円になります。市販キットによるPRP療法はだいたい一回2mlが20万円くらいが相場でしょうか?とすると200万円分にあたります。首全体にしっかりPRPを打って効果を出そうとすると、市販キットでは、そのくらいの出費になるということです(だから私は今まで市販キットによるPRP療法はやりませんでした)。
 一回の採血量は32ccですから、女性の一回の生理の平均出血量(80cc)の2/5です。だから、1~2週に1回の間隔で、あるいは月1回の間隔でボチボチいけばいいと思われます。結果が出てくるの、2ヶ月目からだし。 最終的には成分採血機を使って一回で大量に入れた上のスタッフと同じ結果に辿り着きます。

 市販キットを使ったら、ありえない価格ですが、施術の品質は高いです。先回までに繰り返しアピールしているように、市販キットよりも、

安全性が高い(シリンジなど医療用具のみを使って濃縮する)

 この点が一番の売りです。

 また、日曜日のお昼休みを利用して(日曜もうちのクリニックはやってます)、主として皮膚科の先生向けに、わたしの考案したPRPの作りかたをご教授します。前にも記しましたが、わたしは、このPRP療法を自分のクリニックのメインに置くつもりはありません。むしろ、手術をなさらない美容皮膚科の女医さんたち(いや、男の先生でももちろんいいんですが、基本的に女医さんが多いと思うので(^^;)に伝授して、その代わりに糸などプチ整形手術のお客さんを御紹介していただく、そういうツールにしたいと考えるからです。ご希望の先生は電話にてご予約ください。

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 さて、ここから先は、お勉強ネタです。PRP関連の海外論文を読んで、興味深かったデータを引用・紹介します。

(1) 下は、韓国の先生がたによる、PRP液とPPP液(platelet poor plasma:乏血小板血漿)とを培養繊維芽細胞に加えたとき、増殖がどのくらい加速されるか?を比較したデータです(Kim DH, et. al. Ann Dermatol. 2011 Nov;23(4):424-31. Epub 2011 Nov 3.)。

 一見して、Con(無血清培養)<PPP<PRPであり、PPPでも多少は効果があるのかな?と思わせます。

 しかし、図の注釈を見ると、


 とあり、PPPはConに対して有意差があり、PRPはFBS(ウシ血清)に対して有意差がある、ということが判ります。しかし、PPPがConに対して有意差が出るのは実は当たり前のことなのです。
 そもそも、bFGFやPDGFなどの「成長因子」の存在がなぜ気が付かれたか、発見されたかというと、無血清培地と血清添加培地との、細胞の培養速度の違いからです。血清中には元々、様々な成長因子が含まれているのです。

 ですから、PPPがFBS(ウシ血清)に対して有意に高ければ、PPPには血清以上に、繊維芽細胞の分裂増殖を促す作用がある、と言えますが、Con(無血清培地)に対してしか有意差が出ないというならば、これは血小板を含まないただの血清と同程度の効果しかない、という解釈が正しいです。

 「PPPでも、注射すれば、多少の効果はある」という医者もいるようですが、わたしは、上の類のデータを曲解して、論文を読まない医者や患者を煙に巻いているのじゃないかなあ?と感じます。確かに多少の効果はあります。しかし、それは血清を注射するのと差がない程度の効果です。

(2) 次に、bFGFとPDGF(血小板由来増殖因子)との比較です(Thomopoulos S et.al. J Hand Surg Am. 2005 May;30(3):441-7.)。血小板由来のほかの成長因子についてもこの論文では検討されていますが、それらのデータを見る限り、血小板すなわちPRPの繊維芽細胞の増殖やコラーゲン産生促進効果は、ほとんどPDGFによる、と考えてよさそうです。
bFGFとPDGFを、それぞれ10ng/mlづつ加えて繊維芽細胞の増殖の具合を見ています。24時間の培養で、bFGFはcontrolの8倍、PDGFは13倍の増殖促進です。

上グラフは同じ論文中で見つけたもので、横軸の10ng/mlというのは、bFGFとPDGFとを、それぞれ10ng/mlづつ加えた結果にあたります。このときの縦軸(増殖の程度の理解ください)は31000くらいです。
 一方、ひとつ前のデータによると、それぞれを単独で10ng/ml加えて培養した結果はだいたい10000と17000くらいでした。合計すると27000で、31000とさほど変わりません。ということは、bFGFとPDGFには、相乗効果はない、まったく独立であって、両者を加えた効果は単純な算術的加算である、と解釈していいと思います。レセプターが異なるからでしょう。

 このデータは、bFGFとPRPとを混ぜて注射しても、それぞれの算術的加算以上の相乗効果は無い、という判断の根拠となります。

 しかし、これも、話の仕方によっては、たとえば、上のデータのbFGF単独の効果の部分を伏せれば、「PRPだけでは17000くらいです。しかし、bFGFを加えると、31000、効果は倍になります!」というネタにも使えます。

 蛇足かもしれませんが、あえて生意気言わせて貰うと、ここをご覧になってるお医者さん、せっかく私たち、医学部で高等教育を受けたのですから、自分自身でPubmed検索するとかして、EBMに沿った施術を心がけましょうね。どこそこの研究会で、私の信頼するほかのお医者さんがこう言ってました」なんて言い訳にもなりません。恥ですよ。

 さて、上のグラフは、bFGFとPDGF両者添加ではありますが、増殖促進効果は、だいたい、10あるいは多く見積もっても40ng/ml程度で頭打ちになるということをも示しています。

 この10または40ng/mlというのは、PRP液に換算すると、どのくらいの血小板密度なのでしょうか?

(3) 「Castillo TN et.al. Am J Sports Med. 2011 Feb;39(2):266-71. Epub 2010 Nov 4.」の論文に、PRP液の各種成長因子濃度を測定したデータがありました。

 3種類のPRP作製キット(Cascade,GPSⅢ,Magellan)によるPRP液それぞれの血小板濃度とPDGF濃度が示されています。



 「Cascade」では、血小板44万/μlでPDGF-ββ15ng/ml、「GPSⅢ」では、血小板57万/μlでPDGF-ββ23ng/ml、,「Magellan」では、血小板78万/μlでPDGF-ββ33ng/mlくらいです。ということは、だいたい、血小板濃度1万がPDGF-ββの0.3~0.4 ng/mlに当たります

 PRPの血小板濃度は、44~78万/μlと低いです。市販のPRP作製キットの現実って、こんなものなのだろうな、と私は思います。血小板の一次凝集対策をせずに高回転で遠心すれば、収率は悪いはずだからです。たぶん、日本で流通しているキットも、最終血小板濃度を計算盤で確認すれば、100万超えないことが多いのじゃないかなあ
 営業のひとは、うまいこと言うでしょうけどね。開発や技術のひとは、たぶん解ってます。確信犯でしょう。凝集しにくいひとの血小板を用いて、冷やさないように素早く作成すれば、中にはうまいこと100万超えたというデータも出るだろうから、きっとそれを使ってるんですよ。
 私の工夫した方法(といってもプロスタンジン加えて凝集抑えるだけですが)なら、10人中10人で必ず300万~400万まで濃縮可能です。うちのスタッフの1人にもともと血小板少ない(全血で15万くらい)ひとが1人いるんですが、それでも300万まで濃縮できました。

※論文に出てきた3つのPRP作製キットを調べてみました。どれも日本では馴染みがない、というか、アメリカのスポーツ医学分野で使われてるもののようです。
 「Cascade」は、下図です。日本のマイセルに似てます。素朴なキットです。


 「GPSⅢ」は、少し面白い。たぶん、比重が血漿と血球との間にある素材で出来たキャップにチューブがつけてあって、キャップ直下のバッファーコートが吸引できるという仕組みなんだと思われます。
 「Magellan」はさらに手が込んでいて、専用の遠心機と遠心管を使っています。小型の成分採血機と言っていいです。高いんだろうな、これ・・。
 工夫されてる順に、すなわち「Cascade」<「GPSⅢ」<「Magellan」の順に血小板濃度濃いわけですが、それにしても、「Magellan」で78万です。私が工夫したPRP作成法って、ひょっとしたら画期的なのかもしれません、いや、マジで・・。
 
 さて、それは置いておいて、上の繊維芽細胞の培養で、PDGF添加で頭打ちになる濃度(レセプターが飽和する濃度と考えられる)は高く見積もって40ng/mlくらいです。これを血小板濃度に換算すると、40÷0.4=100万個/μlです。

 「PRPが効果が出るのは血小板濃度で100万個/μl以上が望ましい」という文章が、ネットを検索するとときどき出てきます。この文章の根拠は、実際にPRP療法を行った結果の経験的なものなのか、それとも私と同じような計算をどこかの誰かがしたのか、それはわかりませんが、だいたい同じ数字になりました。

 もっとも、これは、培養液中の濃度が100万個/μlということです。ということは、PRP液を注射した、そのあとの濃度が100万個/μlあるのが望ましい、ということです。注射後PRP液は拡散しますから、やはりPRP療法というのは、数百万/μlに濃縮されたPPP液を打つのが望ましいです。

 もっとも、100万個/μlなければ、まったく効果が無い、ということではなくて、用量依存性に、効果が小さくなる、ということです。100万/μlなければ意味が無い、のではなくて、100万/μl 以上では頭打ちになる、ということですね。

 実際、いちばん最初のデータでは、5%PRP液の添加で、FBSに対して有意差が出ています。この実験のPRP濃度は160万/μlと論文中にありますから、5%なら8万/μl=3 ng/mlです。それでも有意差(=効果)は出るわけですね。1%なら1,6万/μl=0.6 ng/mlです。このPDGF濃度だと、さすがに有意差(=効果)は出ないようです。

 補足的な考察ですが、PRP液というのは、注射したあと、まず凝固系が活性化されて、ゼリー状になります(フィブリンのり)。これはゆっくりと線溶系の酵素によって溶かされます。注射後3日くらいふくらみが持続してから無くなっていくのは、このためです。
 血小板は、このフィブリンのりの中にとどまっています。組織液中の線溶系酵素によって溶かされて、コラーゲンと接触して活性化します。このときにPDGFなどの成長因子を出します。このときの血小板密度が100万あればいいはずです。
 最初に凝固系が活性化されてフィブリンのりとなるまでに、PRPは組織液と混じて、2倍くらいになるかなあ?注射翌日の腫れ(ふくらみ)が、注射量の何倍か?ってことです。2倍になっているなら、血小板密度は1/2に希釈されるわけだから、最初に注射する血小板濃度は200万あったほうがいいでしょうね。
 補足の補足ですが、上記メカニズムから考えると、注射前にわざわざ、カルシウムなどを加えて、活性化させる必要はないでしょう。美容外科学会(JSAPS)の最新号に、活性化剤として加える塩化カルシウムが皮下硬結の原因になるんじゃないか?という日本語論文が載ってました(日本美容外科学会会報 2012 Vol.3 No1 p1-8)。余計なものは加えないほうが無難です。

 さらに補足ですが(^^;、bFGFについても、PDGF同様、40ng/mlで頭打ちです。セルリバイブジータのbFGF濃度は不明(公開されていない)で、札幌医大の小野先生のプロトコールでは10μg/mlです。
 μというのは、nの1000倍ですから、小野先生のプロトコールだと、10,000ng/mlで注射しているわけです・・。40ng/mlで頭打ちなら、無駄じゃないかな?1/100の100ng/mlで十分な気がしますね。
(2012年4月16日記)

多血小板血漿8:PRPは瘢痕部の凹みに効くようだ+血小板凝集抑制剤(プロスタンジン)の有用性について


多血小板血漿7は→こちら
多血小板血漿9は→こちら
 
 先回、血漿に強く遠心をかけると血小板の沈殿は増えるが、そうすると、凝集(一次凝集)も強くなって、再浮遊してくれる血小板が減ってしまう、というジレンマについて記しました。そのため、2回目の遠心において、あまり強いGがかけられず、収率が悪くなってしまいます。
 このジレンマを打破する方法を、ずっと頭をひねっていたのですが、うまい方法を見つけました。
 それは、注射用プロスタンジン(PGE1)を微量、2回目の遠心時に加えてやるという方法です。
 

 
ACD-Aやヘパリンなどの抗凝固剤には、血小板凝集(とくに一次凝集)抑制作用がありません。ですから、凝固系が抑えられて、血漿自体は固まらなくても、血小板はベタベタと粘着しやすいままです。

 注射用プロスタンジン(PGE1)は、動脈硬化などの治療に点滴する古い薬剤ですが、薬理作用に血小板凝集抑制があります。もっとも、プロスタンジンを血小板凝集抑制剤として使っている報告が、ネットで文献を調べても見つからなかったので、うまくいくかどうか自信がなかったのですが、これが大成功でした。

 実は、プロスタンジンを試みるまでに、いろいろ他の工夫もしてみました。そのひとつに、「温める」というのがあります。
    温水で、凝集して壁にくっついた血小板を再浮遊させているところ。

 血小板が、なぜ一次凝集を始めるかというと、「血管外に出た」と認識するからです。血管内にとどまっていると、血小板が誤認してくれれば、凝集しないわけで、いかに血小板を「おまえはまだ血管内にいるんだぞ」と騙すかです。

 そのひとつの条件は温度です。室温に冷えると血漿中の血小板は凝集しやすくなります。一次凝集は可逆的なので、上の写真のように、38度の温水で温めてやると、壁にこびりついた血小板塊は、小塊にちぎれて、再浮遊しはじめます。この方法でも、ある程度は、収率上がります。

 しかし、プロスタンジン微量添加は、効果絶大です。PG(プロスタグランジン)は、血管壁に存在して、血小板を落ち着かせる、すなわち「君は血管の中にいるんだよ」というシグナルのような物質です。だから、血小板はすっかり安心しきって、凝集しなくなります。
   (2回目遠心(180G×5分)後)
 上の写真右は、プロスタンジン添加なしの血漿の遠心後で、壁に血小板が凝集してこびりついています。試験管ミキサーで剥がそうとしてもまったく取れません。むしろ、血漿中に浮遊している残りの血小板を呼び寄せてさらに凝集させてしまいます。
 写真左は、プロスタンジンを加えた場合です。血小板は、壁に凝集・粘着することなく、素直に沈殿してくれています。
 
上写真は、血小板を温めて再浮遊させて、なんとか100万個/μlまで濃縮に成功したPRP液。小血小板塊が残っているのがわかります。ちなみに、これは位相差顕微鏡像。血小板数正確に数えるために、位相差セットと写真撮影装置購入してしまいました。・・こういうこと好きなんですよね(^^;。

上の写真は、プロスタンジンを添加して作製したPRP液。血小板の凝集は完全に抑えられています。サラサラです。見事です。これなら、何倍にでも自在に計算通りに濃縮できます。

 なお、「凝集を抑えた血小板を注射して、そのあと活性化されるのか?」という疑問に対しては、「もし凝集抑制がそんなに長く続くなら、動脈硬化の患者にプロスタンジンの点滴など危険でできないはずだ」という答えでいいと思います。真皮内や皮下組織は強力な活性化剤であるコラーゲンがたくさんあります。プロスタンジンで一時的に凝集が抑制されていた血小板もすぐに血管外だと気がついて、しっかり活性化することでしょう。でなければ、プロスタンジン点滴中の患者は、小さなけがでも大出血してしまいます。そんな報告はありません。
 
 プロスタンジン点滴時には血管痛があります。注射したとき痛くないか?という疑問については、プロスタンジンを二回目の遠心のときに加えることにして、一回目の遠心後の血漿を少しとっておき、二回目遠心後の沈殿をこれで再浮遊させることにすれば、添加したプロスタンジンは、最終PRP液中には、ほとんど残りません。実際に、プロスタンジン添加非添加で、PRP注射時の痛みに差がないことも確認済みです。
 
 プロスタンジンを加えないと、壁への粘着→再浮遊困難のため、180G×5分くらいの遠心が限界なのですが(それ以上の遠心はかえって収率を下げる)、プロスタンジンを加えると、380G×15分くらいでも、全然平気です。
矢印の先の白い塊がバッファーコート(血小板と白血球の沈殿)です。上の血漿はほとんど透明になっており、血小板はほとんど沈殿しています。これでバッファーコート中の血小板が再浮遊してくれれば非常に収率がいいです。そして再浮遊してくれます。

 これを再浮遊させて作ったPRP液。素晴らしい「濁り」です。前にも記しましたが、血漿の濁りは、血小板(または血中脂質)によります。遠心して透明になり、再混和して再び濁るのは、血小板による濁りです(血中脂質による濁りであれば遠心しても濁ったまま)。
計算盤で数えたら、400万個/μlでした。すばらしい。

上は400万個/μlで、下は100万個/μlのPRP液。多くの個所に打ちたければ、100万個/μl程度で量を増やせるし、目的の個所がきまっていれば、そこに必要な量で出来る限り濃縮して打つといいと思います。

 それで、PRP療法に興味を抱いて、うちのスタッフたちと一部のお客さんに施術はじめて、2ヶ月くらいになるので、効果について解ってきたことを書いていきます。

 まず、
 
瘢痕部のへこみには効く。ふくらみを出すことができる。また、傷が目立たなくなる。

 健常部よりも、傷のあと、とくに瘢痕による凹みに有効なようです。たぶん、健常組織よりも、繊維芽細胞が多いからだと思います。

 うちのスタッフの1人のおでこの傷。40年以上前のものです。

 打った直後の写真はこんな感じです。
瘢痕部の凹みというのは、硬くてヒアルロン酸が入りにくい個所ですが、PRP液なら、上の写真のようにスムーズに入ります。

 瘢痕凹部での効果は、ほかにも、お客さんでも確認しているし、一例だけですが海外の文献報告もあるので、間違いなさそうです。
(Face and neck revitalization with platelet-rich plasma (PRP): clinical outcome in a series of 23 consecutively treated patients. Redaelli A et al. J Drugs Dermatol. 2010 May;9(5):466-72.)

 それで、瘢痕部に効きやすい理由が、わたしの想像通り、繊維芽細胞が多いから、ということであるなら、PRP液に繊維芽細胞を混ぜて打ってやると、さらに効果高まるのではなかろうか?

 口腔粘膜や、皮膚の小片から繊維芽細胞を培養して注射する、という施術は、すでにあります。専門の培養施設で行うので非常に高価で、そのわりに費用対効果的にぱっとした結果が出ないので、これまた私は、導入を見合わせていました。

 しかし実は繊維芽細胞の少量培養程度であれば、CO2インキュベーターやクリーンベンチなど実験器具をたぶん100万円くらい揃えれば、私は出来ます。

 PRP液の作製は、キットを使用せずに、シリンジや延長チューブだけで作製可能で、安く良質なPRP液が提供可能とわかったことだし、この際、繊維芽細胞の培養も、自前でやってみようかなあ。

 目下、思案中です。

 注:わたしのPRP液作成法、医療用消耗品と、注射用薬剤以外一切使用していないという点に、おおいにご注目ください。安価かつ安全です。そういう「縛り」「ルール」の範囲内で、いかに工夫するか、っていうあたりが、私はとても好きです。また倫理的でもあります。
 ブログでは、上から2、3番目の写真のように、バイオ実験用の遠心管の画像が出てくることがありますが、これは、凝集を確認するためあるいは顕微鏡で計数するための実験用に使っているもので、この遠心管に移した血漿やPRP液を注射することはありません。6番目の写真のように、シリンジや延長チューブなど、医療用材料のみを用いてをPRP液を作ります。
 繊維芽細胞培養するとしても、培養液は、自己血清と点滴用リンゲル液で大丈夫だと思います。培養容器も、医療用消耗品を工夫すればたぶんなんとかなるでしょう。
(2012年4月12日記)

紫外線計について


 うちのクリニックには紫外線計が設置してあります。センサーは屋上にあります。開院のときに知人の電気屋さんにお願いして作っていただいた特注のものです。今日は、この数字の見方の解説です。

紫外線には、A波(UVA)とB波(UVB)とがあります。表示されているのはA波で、このときの数値は5W/m2です。

 B波は、ハワイなどの強い日差しによって、赤くひりひりと日焼けするようなときの原因波長です。通常、街の生活において問題となるのはA波です。A波はメラニンの産生を亢進させて、肌を黒くします。A波は、赤くひりひりとした激しい日焼けは来たしませんが、B波よりも波長が長い分、皮膚の奥深くまで入って、光老化の原因となります。

 さて、日焼け止めクリームには、SPFや、PAといった指標がついています。
 SPFというのは、B波に関する数字です。SPFの数字1は、日本の夏の浜辺での20分間のB波を抑える、と覚えておくといいです。SPF30ということは、20分×30=10時間持続しますから、夏に海水浴にいくような場合には、SPF30程度のものを朝1回つけておけば、赤くひりひりとした日焼けからは免れます。

 一方、PAのほうですが、この見方を、ご存知の方は少ないんじゃないでしょうか?街の実生活や、光老化防止の観点からは、PAのほうが重要です。

 PAは、日本化粧品工業連合会によって、下のように定められた値です。
(画像をクリックすると拡大します)
 A波は、上に記したように、メラニンを動員して肌を黒くする作用があります。A波を肌にあてたとき、2~4時間後に黒ずみが生じるような、最小限の紫外線量をMPPDといいます。PA+の化粧品は、この紫外線量を2~4倍まで、許容量を大きくしてくれるわけです。

 MPPDの値は、個々人によってかなりのばらつきがあります。また、測定に用いる紫外線源(波長分布が異なる)によっても違ってきます。

 個人差や光源による差がありすぎるからなのでしょうか、MPPDを調べて論文にした文献は、意外と無いのですが、上海での調査では、24.00±6.19J/cm2、あるいは 9.98±2.22J/cm2だったようです(Yuan Chao et.al.,Chinese journal of aesthetic medicine 2009-09)。
 ちなみに、このMPPDやPAというのは、日本人など黄色人種においてのみ当てはまる概念です。白人は日に焼けても黒くならないし、黒人ははじめから黒いし。だから、外国製の日焼け止めクリームには、SPF値は記されていても、PA値は表示されていません。

 例えば、MPPDが、24J/cm2の人がいたとしましょう。W=J/Sですから、

24J/cm2=24×10^(-4)W・S/m2=60×60×24×10^(-4)W・h/m2=8.64W・h/m2

 8.64÷5≒1.7hから、上の表示の5W/m2の紫外線量の下では、MPPDが24J/cm2の人は、1.7時間以内の外出であれば、肌が黒くならずにすむ(日焼け止めクリームは要らない)ということになります。

 この方がPA++のクリームを外用すれば、この時間を4~8倍に延ばせますから、6.8~13.6時間外出しても大丈夫、ということです。

 もっとも、このMPPDというのは、個々人によって異なります。上の文献の一番小さな値=9.98-2.22=7.76J/cm2は、とても黒くなりやすい人と考えていいです。そのような方を想定して計算してみると、
 
(1)5W/m2の条件では0.6時間以内の外出であれば、黒くならない(日焼け止めクリーム不要)。

(2)PA++のクリームを外用すれば、2.4~4.8時間に延ばせる。PA+++のクリームならば、4.8時間以上に延ばせる。
 ということになります。ですから、自分が日に焼けて黒くなりやすいタイプか、なりにくいタイプかで、選ぶべき日焼け止めのPAの+の数は変わってきます。

 ・・ここまで記して、スタッフに読んでみてもらったんですが、「数字ばかり並んでるけど、結局自分のMPPDがわからないんじゃ、意味がない。全然関心沸かない。」という、きびしい批評でした(^^;。

 話を簡単にすると、

(1)「今日は、紫外線あまり出てないみたいだ。外出時に日焼け止めクリーム塗らなくもよさそうだわ。」
(2)「今日はちょっと数字が高いわね。朝一回日焼け止めクリーム塗っておきましょう。
(3)「今日はかなり紫外線出てるわ。いつもよりPAの+が多いものを使いましょう。念のため、不用な外出は避けて、お昼休みに一度塗りなおしましょう。」

 紫外線計の数字を、この3パターンの判断の目安にするといいです。
 「曇りの日でも意外と紫外線強いからご注意!」とかって、よく雑誌に書いてあったりするじゃないですか。ああいうの読むと、今、紫外線強いのか弱いのか判らなくなるでしょう?数字ではっきり出てれば迷わずに済みます。
 PAの+を増やす代わりに、PA表示のあるファンデーションを重ね塗りするのも有効でしょうね。
 これなら、紫外線計の数値、役に立ちそうかな?(^^;
 
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 紫外線にまつわる小話をいくつか。

(その1)
 もう15年ほど前になりますが、勤務医時代に、あるNPOに同行してスリランカに行きました。
当時まだ内戦中で、ゲリラの出没する貧しい村の、雨水貯留タンクの衛生状態確認(細菌検査)がわたしのミッションだったのですが、皮膚科医だし、赤道直下のスリランカはさぞかし紫外線が強かろうと思って、市販のポータブルの紫外線計を持っていきました。

 どのくらいだろうと計ってみたら、測定上限オーバーでした。100W/m2以上あったということになります。なるほど、こっちの人は色が黒いはずだわ。
原色の花々、青い透き通るような空、実に美しいところではあるのですが、紫外線は半端じゃないです。真ん中のおばあさんは、帽子を3つ重ねていますが、まあこれはファッションであって、紫外線が強いから3つかぶってるわけではないようですが(^^;。

(その2)
 ロシアにはじめて行ったのは、金沢大学理学部の先生にさそっていただいた、バイカル湖の水質調査の同行です。
これは、バイカル湖から流れてくる川から煙が上がっているところ。バイカル湖というのは世界の淡水の1/5を蓄えているくらい大きな湖で、熱容量が大きいので、夏に暖められた水が冬でも凍らず川の水が流れています。外気温は-30℃なので、流れる川の水から細かい氷粒が霧のように舞い上がります。ちょうど湯気があがっているように見えます。
その折に仲良くなったアラ先生。右に座っているのは、アラ先生の患者のアンジェリーナさん。アンジェリーナさんはその後日本に来て、うちのクリニックで糸入れました。

 紫外線の話に戻りますが、アラ先生、「日本製の、この日焼け止めクリームがいいから、日本で安く買えないか調べてくれ」と、帰るときにわたしに依頼されました。

 たまたま、私の知人が研究員として働いている化粧品会社だったんで、問い合わせたところ、

「先生、これはですね・・日本では売られてないんですよ」

「それは、わかるけど、同じ内容のものがあるでしょう?それを送ってあげればいいと思うんだけど。」

「いや、これはね、確かにうちの会社の製品なんですが、マレーシアの工場で作られてそのままロシア向けに輸出されてるんです。それと先生、これ、たしかに『サンスクリーン剤』と書いてはあるんだけど、日焼け止め成分はまったく入ってないんです。」

「・・・?」

「ロシアってほら、日差し弱くて、紫外線とっても弱いじゃないですか。だから、日焼け止め成分入れる必要ないんですよ。ただイメージ的に『紫外線対策してお肌を守りましょう』って書いてあると、ロシアでも女性の心を惹きつけるってことなんでしょうね。僕も初めて見ました。いい勉強させてもらいました。」

 ああ、なるほど、ロシア人の肌はとても白いけど、日焼け止めクリームに日焼け止め成分はいってなくても問題ないほどの紫外線なら、そりゃあ、肌は白いのだろうなあ・・。

とても納得しました。

 ただ、アラ先生には・・そのまま正直に説明するのも憚られたので、「ロシアの女性用に作られた特別な製品だから、残念ながら日本では手に入らないみたいです。」とお伝えしました。

 日焼け止めクリームの正しい使い方は、紫外線の量を測って、それに応じてPAの+の数の多いもの少ないものを使い分ける、または重ね塗りする、ということですね。
 紫外線があまり出ていないのに一生懸命塗っても、とくにいいことはありません。財布のお金が減るだけです。また、個人個人で、黒くなりやすさは異なります。うちの紫外線計の数字を目安にしていただいて、ご自分に合った間隔・回数を把握するのがよいです。
 紫外線計、いまは、玄関横にありますが、6月くらいには、隣のビルの屋上に移設して、遠くからでもよく見えるようにする予定です。お役立てください。
 ※現在移設準備のため紫外線計撤去中です。しばらくお待ちください。
(2012年4月4日記)

HPリニューアル原稿:リポレーザーについて

 厚労省の方針で、美容外科のHP中の、単純な「before→after」の写真解説が、今年中に規制されて出来なくみたいです。誤解を招きやすいからだそうです。
 それで、HPのリニューアルに向けて、基本的な事項をまとめていこうと考えました。写真は入りますが、単純な「before→after」でなく、むしろ詳細な経過写真と解説なら、趣旨から考えて許されるのではないか?と今のところは考えています。
 HPのリニューアルのためなので、ところどころ、現在のHPやブログの写真と重複しています点、御了解ください。

 リポレーザー(スマートリポ)というのは、細い針の中をグラスファイバーを通してその先端から強いレーザー光を出す機械です。

 元々は、脂肪吸引に置き換わるべく設計・販売された機械なのですが、ボリュームを取るまでの力は無いようで、販売数年後の美容外科学会では、「脂肪吸引に置き換わるほどのものではない、たるみが取れて引き締まる程度だ。」という発表が相次ぎました。

 わたしは、それを聞いて初めてこの機械に関心を持ちました。
 「たるみがとれて引き締まる?使えるかもしれない。」と思ったのです。

 脂肪の量をたくさん取ることの出来ないこの機械で、どうしてたるみが改善して肌が引き締まるのかのメカニズムを解説します。

 脂肪には、深いところにある脂肪と、皮膚の直下にある浅い脂肪(皮下脂肪)とがあります。皮下脂肪は、解剖学的には皮膚の一部で、真皮のコラーゲン層とともに、深い脂肪の重みによる「落ち」に対して、抵抗しています。年齢とともに皮膚の張りが無くなって、この抵抗力も衰えてきます。そうすると、深い脂肪が重みでそのまま下がってきてしまい、「たるみ」になります。
 リポレーザーで、この浅い脂肪を焼いてやります。皮膚にダメージを与えることなく、皮膚の深層にエネルギーを加える、すなわち、軽いやけどを生ぜしめるわけです。
火傷というのは、最初むくみますが、3週間から2ヶ月くらいかけて、瘢痕化します。この瘢痕が、網目状の繊維のネットとなって、ちょうど落石防止ネットのように、深い脂肪の「落石」を防わけです。補強工事みたいなイメージです。
表面の皮膚には熱ダメージは加わりませんから、質感の変化はまったく起こりません。

 サーマクールやラジオ波(RF)を用いた肌の引き締めマシンは、皮膚の表面からエネルギーを加えて、同じように真皮~皮下組織に軽いやけどを起こして、引き締めを計るものなのですが、表皮がやけどを起こさないように非常に気を遣います。また、繰り返し施術すれば、皮膚の質感の変化は避けられません(つやは出るが、硬くなってくる)。リポレーザーは、遠隔部から針を入れて、裏側から熱を加えるので、このような表面的な肌の質感の変化はまったく起きません。見た目非常に自然な仕上がりです。

 実際の効果を、以下に示します。

症例1、わたしです。あごの下を施術しました。
<術前>
<2ヵ月後>

もうひとり、うちのスタッフです。
<術前>
<術後2ヶ月> 

 リポレーザーは、落石防止の補強工事みたい施術ですから、あごの下のような、切り立った垂直なところでのたるみ・下がりにこそ本領を発揮します。

 この部分で、深い脂肪を取る脂肪吸引をすると、凹凸が出やすいです。それは、皮膚がたるんだままだと、深いところの脂肪の除去された部分と除去されていない部分が、重みによる下がりのために、かえって目立ってしまうためです。ですから、深いところの脂肪にはあまり手をつけずに、浅い脂肪を焼いて「補強工事」で攻めて行ったほうが自然な結果になります。

 もうひとつ、リポレーザーの良い適応は、糸での引き上げ(アプトス・エックストーシス)や、切るフェイスリフト手術後に、引きあがらずに残った、口横の脂肪の処理です。
 口横の口角に近い部分というのは、糸での引き上げでも、切るフェイスリフト手術でも、持ち上げにくいところです。解剖学的にこの部の脂肪は、独立しているからです。
 これは、上と同じスタッフです(あご下のリポレーザーの写真から5年後くらいです)。糸(アプトス)入れて頬はあがってるのですが、口横のたるみが気になってきました。糸を追加しても上がりにくい部位です。

それで、リポレーザーで焼くことにしました。Aの×から細い針を入れて、先端からレーザーを出して、Bの×あたり一帯を皮膚の裏側から熱凝固させて、引き締めます。

直後はこんな感じ。笑気麻酔と局所麻酔を併用して行うのですが、局所麻酔を生理食塩水で希釈して量を入れるので(チューメセント法)、ぷっくりと膨らんでいます。これは4~5時間で退きます。

一週間後です。少し内出血があったのでしょう、下のほうが黄色~青色になっています。

一ヵ月後です。リポレーザーは、皮膚の裏側から脂肪を焼いて「火傷」を起こさせ、その瘢痕収縮を利用して引き締めるので、結果が出るまでに3週間から2ヶ月くらいかかります。

 Before→Afterの写真を上下に並べました。

 このときの施術の動画がYOUTUBEにUPしてあります。動画はちょっとキビシイ、という方は、無理に見ないでくださいね! 以下の解説と写真見るだけでも、だいたいは把握できるようになってますから。
  (画像または→ここをクリック)
 リポレーザーというのは、グラスファイバーを介してレーザー光をその先端部分から照射できるようにしたマシンです。上の写真は、ガーゼをあぶって焼いてみているところです(焼け具合=出力を確認しています)。


 顎のしたのほうに18G針で孔をあけて、そこからリポレーザーの針を入れていきます。

 施術中は、部屋を暗くします。リポレーザー針の先端の位置が、皮膚を透けて(光が見えて)わかるからです。

 一回のリポレーザーで焼ける脂肪は、このスタッフの場合で、体積でいうとトータルで1ccくらいかなあ?ちょうどヒアルロン酸注射の逆(入れるのではなく削ぐ)と思うといいです。脂肪吸引と違って、「取れすぎない」のがいいです。
 また、脂肪吸引の場合は、脂肪をとったあと、皮膚はしぼみますが、リポレーザーの場合は、裏側からエネルギーをかけるので、締まって張りが出ます
 例えていうと、皮膚の裏側からアイロンかけるような感じですね。ほんのちょっと脂肪の量を減らすのと、その表の皮膚を裏打ちして補強するのとの、相乗効果です。

 注意:リポレーザーを希望されるお客様の中で、ときどき、糸を入れるのは怖いけど、「リポレーザーは大したことなさそうだから」とおっしゃる方がいるのですが、腫れに関して言うと、リポレーザーのほうが糸でのリフトより腫れます(ていうか、うちでの糸でのリフトは、血管に当たって内出血しない限りは、ほとんど腫れません。1)手技が速く、2)通常より細い針を使って入れているのと、3)静脈麻酔を使って局所麻酔薬を減らしているからだと思います)。

 リポレーザーの腫れは、1)早期の腫れ(4~5時間後には退きます)と、2)火傷の腫れ(人によります。1日で退く人もいれば、1~2週間かかる人もいます)との2回の山があります。2)の腫れは、1)の腫れよりは軽いです。法令線のあたりにリポレーザーをかけた場合には「このまま腫れてくれていたらいいのに」という人もいます。その程度のものです。

 腫れが治まったあとには、上のスタッフのひとのように、引き締まり効果が得られるので、楽しみに待っていてください。

 リポレーザーの代金は、9万円です。一回に焼ける(取れる)脂肪の量は少ないですが、2ヶ月の間隔をあければ、何度でも繰り返し出来ますので、「よくはなったが、もうちょっと。」という方は、繰り返し出来ます。やればやっただけ、引き締まって、「落石防止ネット」が強くなります。
(2012年4月1日記)